熱田神宮
あつたじんぐう

御祭神 熱田大神
(相殿)天照大神、素盞嗚尊
    日本武尊、宮簀媛命
    建稲種命

鎮座地 愛知県名古屋市
       熱田区神宮1-1-1

Google マップ(to:熱田神宮)

 御祭神の熱田大神とは、草薙神剣を御霊代として憑らせられる、天照大神のこと。
 草薙神剣は、八咫鏡・八坂瓊曲玉と共に三種の神器と称し、天皇の御位と共に伝わる皇位継承の御璽<みしるし>である。
 この神剣は、記紀に素盞嗚尊が、出雲でヤマタノオロチから獲て、天叢雲剣<あめのむらくものつるぎ>として天照大神に献上されたとあるもので、天孫に授けられ、のち伊勢神宮に鎮祭されていた。日本武尊が東征のときに、倭姫命からこれを授かり、駿河国で草を薙払って賊徒を平定したことからその名がある。

 日本武尊は、尾張国造乎止与命の子建稲種命を一軍の将として従え、東国平定ののち、尾張国造の館に留まり、その女<むすめ>宮簀媛命を妃としたが、やがて神剣を国造館に留めて置かれて、近江国伊吹山の賊徒平定に向かったときに病となり、伊勢国能褒野<のぼの>で没した。
  宮簀媛命は、残された草薙神剣の霊威を畏み、景行天皇四十三年、尾張一族が斎場としていた吾湯市の熱田に卜<うらな>いを定めて、神剣を奉安せられた。これが熱田神宮の起源とされる。以後、尾張氏が祠官として奉仕した。
 天智天皇七年(668)、新羅国の僧道行がひそかに神剣を盗んで国へ帰ろうとしたが、風波のため難波に漂着し、事なきをえた。以来神剣は皇居にとどめられたが、朱鳥元年(686)勅命により熱田に奉遷せしめられ、これより社守七員がおかれ、内一人を長として、この年遷宮が行われた。弘仁十三年(822)に従四位下の神階を授けられ、のち康保三年(966)には正一位となり、
『延喜式』では名神大社に列した。
 源頼朝は、母が熱田大宮司の娘であることから、外戚神として篤く崇敬した。その後も武家の信仰を集め、足利、織田、豊臣、徳川の諸氏も社殿修造などにつとめた。
 江戸期には御供料領四百五石、大宮司領七百十七石があった。明治に入り角田忠行らの努力で伊勢神宮につぐ「第二の宗廟」の地位となった。
  本殿は神明造で、昭和二十八年の「第五十九回式年遷宮」により古殿となった、伊勢の神宮内宮、正殿の譲渡を受け、屋根を銅板葺、柱を礎石建に改め、昭和三十年に再建された。

 年間約60回の恒例祭典と、約10回の特殊神事がある。例祭は、六月五日。

八剣宮

南新宮社

乙子社
 

孫若御子神社
   

日割御子神社
 
 境内・境外を含め約八万五千坪の広さの中に本宮・別宮八剣宮をはじめ、式内十社を含む四十三社の摂末社が鎮座する。
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