● いかつちの岡
 (高市郡飛鳥村豊浦)

 雄略天皇の近侍に、小子部ノ栖軽<ちひさこべのすがる>といふ者があった。
 或大雷雨の日、勅命によって馬で雷神を捕へに出かけ、遂に豊浦の里で落ちた所を取って帰り、天覧に供した。
其雷を捕へた所をイカツチノ岡といひ、今もある。 (山田熊夫)

雷丘



● 鬼の俎と鬼の雪隠 (高市郡阪合村下平田)
 下平田に、鬼のマナイタ及び鬼のセンチと呼ばれる石像物がある。今、宮内省の陵墓伝説地に編入されている。マナイタハ水平の表面を持った大石、センチは箱を斜めに仰向けた形の大石で、何れも人工が加わっている。昔、このうしろの山に鬼が居て、人や獣を取って、この俎の上で料理して食ひ、下のセンチにいっては用を足していたのだと云う。
 此地方で子供がわるく泣いていると、
 「鬼の俎につれて行って、鬼に食わせてやろうか。」
とおどろかすことが、今も行われている。(中島彌平次)

 又此鬼の出た所は、下平田の東、キリガ峯という小阪路である。
鬼が通行人と見ると、霧を振らせて歩き迷わせ、困っている所を取ったから、この名が出たと云う。

● 蓮の花  高市郡明日香村橘(旧高市郡高市村橘)
 推古天皇のおおせによって、聖徳太子は勝鬘経<しょうまんぎょう>を天皇の御前で三日間講義された。三日目の夜、空に音楽がきこえ、大きな蓮の花びらが天のようにふって、地面一ぱいにあふれた。同時に千仏頭がおどり出た。ここに寺をたて仏頭山橘寺といった。(乾健治)
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