● 龍王の滝と役の行者 (添上郡月ヶ瀬村桃香野)

龍王の滝
 桃香野の五月川から支流谷川に沿うて三、四百メートル上ると、龍王の滝があり、大小合わせて四十八滝あり、龍神を祭っている。役小角が山城の鷹巣山上で修行し、この地にこられた時、白龍が現われ、
「われは、この滝の白龍権現である。ひでりの時は雨を降らして百姓を守っている。御身が伊豆大島に流された時は、白鷺となって守護をしてあげたのだ。」
といわれた。それからずっと後に、小角は白龍権現に参詣して、お礼を申されたという。(名勝月ヶ瀬より)


● 役の行者の誕生地  (御所市茅原町・旧南葛城郡掖上村茅原)
 役の行者の誕生地、茅原寺(現在の吉祥草寺)は、昔から南門は大口峠にあり、北門は橿原市の奥田にあったといわれる。
 行者堂の行者像は小角(役の行者)が三十七歳の時、金剛山に入る直前、母のためにみずから刻んだものと伝え、また現在の熊野神社西側には、行者が大峰に入る時に笈を懸けたという杉の木があり、今は枯死しているが「笈懸けの杉」と呼んだという。



吉祥草寺(茅原寺)

役の行者 産湯の井戸


 また、境内の古井戸は、小角が生まれたときの産湯の井戸と称し、本堂の北方に「ダラニ」という地名のあるのは、小角が門前施薬に用いる「陀羅尼助」の霊薬を創製したところであるという。
 (池田末則)








● 傘堂の由来 (御所市茅原町・旧南葛城郡掖上村茅原)
 葛城山に修行中の役の行者が、五月の田植時におりからの大暴風雨のため、百姓が田植えもできずで困っているのを見て、進んで田の中にはいり、百姓と交わって田植えをはじめたので不思議に雨がやんだ。百姓たちは大喜びで笠をぬぎ、夕刻までに植え終わることができた。
 それ以来、行者の徳を慕い、笠のぬいだところに地蔵尊を安置し、構造も笠によく似た堂を建て、笠堂と称した。
 また、戦国時代に笠堂の修復が成り、世話人が供物を村人に分かち与えたが、その村人に交ってひとりの巡礼者がいた。
それは明智光秀の娘であったそうである。
 (池田末則)



茅原の「笠堂」
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