● 西大寺の大茶碗盛
 奈良市西大寺町(旧生駒郡伏見村西大寺)
 毎年4月の第二土曜と日曜日の両日、西大寺では大茶碗盛が行われる。鎌倉時代にこの寺の叡尊が修正会<しょうしゅうえ>を終えて、鎮守の神である八幡宮におまいりして、御礼のためうす茶をおあげになることになっていた。ある年のこと、例年の通り修正会をおえて八幡宮に参拝されたところ、当日は雪が降ってたいへん景色もよく、一般の人々の参拝も多かったので、叡尊は八幡宮に献茶したあと、大ぜいの人々にもお茶をさし上げた。あまり参拝者の数が多かったので、小さい茶碗では間にあわないので、大きな茶碗をつかったという。それからこの大茶碗盛には大きな茶碗をつかうようになった、といわれている。(山田熊夫)
● 伏見の里 奈良市菅原町(旧生駒郡伏見村菅原)
 その昔、菅原寺の近くの丘にひとりの翁がいた。少しもものをいわず、いつも東の方をながめながら伏していた。婆羅門僧正が日本に来たので、行基が僧正をむかえ、菅原寺で歓迎の宴を開いた。その時、
 「時なるかな。時なるかな。縁熟す。」
と歌いながら舞をまったという。それからこの丘を伏見の里というようになったという。(大和名所図会による)
● 唐招提寺のうちわまき 奈良市五条町(旧生駒郡都祁村五条)
 鎌倉時代、この寺の住職であった覚盛<かくじょう>和尚が、お堂で弟子たちにお経の講義をしていると、数匹の蚊が和尚のからだにとまり、血をすいはじめた。弟子たちは気の毒に思って、この蚊を追い払おうとすると、和尚は静かに口を開いて
「かまわずにおきなさい。自分はいま、菩薩六波羅中の壇婆羅密<だんばらみつ>を行なうている。蚊に血をあたえるのも、その行である。」
と弟子たちに教えたという。この覚盛和尚の高徳をしたって、法華寺の尼さまたちが、和尚の忌日の法会に玉扇を供えることからはじまった、と伝えられている。
  (山田熊夫)
● 鼻高仙人 奈良市富雄町(旧生駒郡富雄村)
 霊山寺は小野富人の創建であるという伝説がある。富人は鼻が高かったので、鼻高大臣とも鼻高仙人ともよばれていた。それで霊山寺は鼻高山ともいった。
 富人は天智天皇のころ右大臣にまでなったが、失脚して江州(滋賀県)小野の庄にいたが、のち、大和へきて今の富雄の地にいた。登美山を右僕射林<うぼくしゃりん>というのは、そのためである。
 (富雄町史による)
● 三碓<みつがらす>の呼び名 名足三碓町(旧生駒郡富雄村三碓)
 昔、聖武天皇が狩りにこられると、この村で、日用の飯米をつくのにからうす三つを用いていた。それで、三碓<みつからうす>とつけられた。それが「みつがらす」とつまっていうようになった。
 三碓の根聖院内に長さ二メートルほどの石に三つのくぼみのある石があるが、これが昔のからうすであるともいわれている。(仲川明)
● 権頭<ごんのかみ>の長者屋敷跡 奈良市三碓町(旧生駒郡富雄町三碓)
 電車の富雄駅(現:近鉄奈良線富雄駅)から南方へ行ったところに、権頭の長者屋敷といわれた小野福麿の住居跡だといわれ、前記の三碓村名起源と共に一つの記念碑が建っている。(仲川明)
● 黒添<くろとんど>池のとり水 生駒郡生駒町高山(旧生駒郡北倭村高山)
 富雄川の上流、大和の最北端に黒添池という大きな溜池がある。旧北倭村地方は、徳川時代旗本の領地であったが、今から二百五十年ほど前に有山清治という代官がこの池を造ったという。何分水源が浅いので、自然に従えば河内の私市<きさいち>の方へ流れる谷の水を堤を築いてせきとめ、安明寺池と新池を作って、この水が黒添池の方へ入るようにした。村の人々はみんなもっこで土を運んで堤を築いたが、河内側から抗議を申し込んでくると、土砂の止めの工事だといっておき、いつまでもこの工事をしているというように、垣をして、もっこをひっかけておいたという。
  (有山重忠)
● 笙谷<しょうたに>寺の夫婦松 生駒郡三郷村信貴山奥院
 信貴山の奥の院の前に笙谷寺という古い寺がある。昔、聖徳太子が物部守屋を討たれた時、信貴山から出陣され、奥の院で多聞天に祈願された。そしてここに松と竹をお植えになったところ、たちまち一つの根から雌雄二本の幹が出て夫婦松になった。がいせんの際に、その竹を切って笙をお作りになったので、これを笙竹といい、この谷を笙の谷といい、この寺を笙谷寺松竹庵というようになった。
  (乾健治)
● 龍子<りゅうし> 生駒郡三郷村立野
 龍田神社の裏に今井垣内という民家がある。その付近には昔から龍が住むと伝えられている。ある日、空が雲って大雨となってふりしきり、怖ろしい黒雲が下がったかと思うと、天地鳴動して大きな龍が昇天した。その泥地を「龍子」とよび、どんな旱魃でもここだけは水があって、肥料をやらないでも豊作だという。龍田の地名もこれから起こり、「龍子」の名は今なお存在する。これは口碑伝説を集めた室町時代の古本「詞林採集」にも載っている。
 (乾健治)
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