● 三の丸蛙
 (生駒郡郡山町)
 郡山城の三の丸に、梅雨中になると、小さな小さな約一分位の蛙が、何処からか何万となく出て来る。郡山の人々は、『三の丸蛙』と云っている。この蛙は、昔首斬りの刑にあった人の姿だと云う。(小島祐之介)


● 産婆に掛った狸 (生駒郡郡山町)
 郡山町北郡山の植槻《うえつき》八幡宮の前で、或時、一人の女が産気づいて倒れていた。丁度幸いにも、ある産婆が通りあわせて、介抱し、一人の子供を分娩させた。
 その女狸であった。狸は厚く産婆にお礼を云って立ち去った。翌日、その産婆の家にどこからか大きな鯛が送り届けられた。(小島祐之介)
● たか坊主 (生駒郡郡山町)
 昔、郡山町で、五左衛門坊という狸が、高坊主になって、人を悩ましていた。或夜のこと、一人の武士の前に、突然また高坊主が現れた。高さは一間ばかり、目も口もない、卵なりの怪物であった。武士は少しもさわがない。高坊主は、少々いらって『是でもか』と更に大きくなった。武士は猶驚かない。是でもか是でもかと猶々ふくれてゆくうち、狸は原がハデて死んでしまったと云う。
 現在の郡山劇場裏の『カドヘ』の狸も、高坊主になると聞いている。
(小島祐之介)
● 光慶寺の狸 (生駒郡郡山町)
 郡山町、今井町の光慶寺には、夫婦の狸が居る。夜、光慶寺の東の方の道を通ると、何処からか、チンチンコンコン、チンコンコンとダンジリの音がして来る。又西側の道には、袋真綿が落ちている。若しそれを取ろうとすれば、真綿はズルズルと走って行く。是等は、皆狸の仕業である。(小島祐之介)
● 忽然枯れた松 (生駒郡平端村八條)
 八條の北端に、フチという所がある。元は、南方の氏神の掘の辺まで広がっていた水溜まりの残りだという。昔、その中に一匹のジャが居た。氏神境内のヒトエ松という松林の梢から、一人の男が、其ジャを目がけて飛び込んだ。すると、忽ちに松林は枯れ、堀は濁り、其後は澄まなくなった。と云う。今も、一本の枯松が保存されている。(杉岡正美)
● 嫁取り橋 (生駒郡平端村八條)
 昔、生駒郡筒井村に、一軒の茶屋があった。この茶屋に、十八になる『こまの』という生娘がいたが、毎日の様にここを通って大阪へ通う二十四五の飛脚を、恋い慕う様になった。その飛脚は業平を思わせる様な美男子であった。
 その日も、飛脚は、夕方遅くここを通り合わせたので、娘は、行く道の難儀なことを説いて、無理に彼を泊まらせることにした。
 夜更けて、娘は異様な姿をして、ひそかに飛脚の室にしのび込んだ。これを見た飛脚は驚いて、自分の誓いの破れることを怖れ、その場を逃げ出した。彼は親の病をなおす為に三年間女と関係しないと、神に誓っていたのである。娘は、男の後を追っかけて行った。
 男は東へ東へと走ること数町、丁度大きな淵のところへ来たから、その横にある一本の松によじ登った。娘がそこまで追っかけて来ると、男の姿は見えなくなり、ぬぎ捨てた一足の下駄が見つかった。ハッと驚いて向こうを見ると、月の光で、男の姿が鮮やかに池の中に見える。さてはと、娘は水中に飛び込んだ。そして大蛇と化したのである。
 大蛇となった『こまの』は、其後、女さへ見れば、恋人を他人に取られるのを恐れて、之を取り殺した。或時も、籠に乗った花嫁が通り合わせたが、急に雨が降って来たので、籠かきは、籠を木陰に置いて、村へ雨具を借りに走り、直に帰ってみると、花嫁の姿が見えない。是は、大蛇が雨で騒がせて、其間に女を取ったのである。それで、今も淵の前の小川に架った橋を嫁取り橋といい、嫁の通らない所になっている。(宮前庄治郎)
● こまの墓 (生駒郡平端村八條)
 平端村八條の庄屋に、一人の乳母が居て、いつも子供の守をして、付近の土山《どやま》で遊んでいた。この土山には、親子の狐がいて、いつもここへ来る乳母とは心安くなって居たが、不幸にも、親狐は、子狐を残して死んでしまった。乳母は、大へんこれを憐れんで、子狐を庄屋の子と乳兄弟にして、育ててやった。子狐は、成長して必ずこの恩を返すことを誓った。
 庄屋の子も成長して、親のあとをついで庄屋になった。その頃、藩主の命により、この村で嫁取大蛇を退治せねばならぬ事になり、抽籤をして、庄屋がその籤に当たった。庄屋は大変心配した。
 狐は今こそ御恩返しの時が来たと思い、夜半勅使の大行列を作って、石上神宮に練込み、御用だといって、神劔を借り出し、その威力により、目出度く嫁取大蛇を退治してしまった。
 その翌日、淵の辺に、ずたずたに切られた蛇の尾が見つかった。人々はその尾を拾って、村の北方に埋めた。今もこまの墓といわれ、細長い形をして残っている。
 (宮前庄治郎)編者曰、前章『嫁取橋』参照。
● 又 (生駒郡平端村八條)
 昔、八條に『こまのえ』と云う娘が居た。その家に泊まった山伏と、契りを結んだ。山伏は、娘の胸にあった鱗を見て驚き逃げ出して、菅田神社の立木に登り姿を隠した。女はあとを追うて木の下に至り、ふと、下の池に映った山伏の姿を見て、男が水の中から招いているものと思い、水に飛び込んで死んでしまった。
 其後、娘の怨霊は蛇になって、人を殺したり、中街道の『嫁取橋』へ出て、嫁入りの花嫁を引張りこんだりした。それを見兼ねた八條の神様と、郡山の源九郎稲荷とが、協力して蛇を退治したので、災は漸く後を絶った。こまのえの墓は、今も八條にある。(小島千夫也)
● 外川《とがは》の人身供養 (生駒郡矢田村外川)
 昔、外川では、毎年一回、若い娘を人身供養に差上げねばならぬことがあった。
今年も亦其時になったので、村の人々が嘆き悲しんでいると、丁度村へ廻って来た六部が、
 『万事私に委せておけ。』
と言って、「サン」という犬をつれて、其の場に出かけた。
 娘を取るのは、年老いた土蜘蛛であった。「サン」は見事に蜘蛛を噛み殺しはしたが、己も亦蜘蛛の毒爪の為に斃れてしまった。
 今も田の中に、犬塚がある。六部の墓も外川の常福寺境内に、彼の敵討で有名な生田傳八と遠城八郎の墓などと共に立っている。(小島千夫也)
● 牛の宮 (生駒郡片桐村池之内)
 池之内に、牛の宮という塚がある。東西六間四尺、南北五間二尺の圓墳で、以前には堀もあったが、今はなくなって居る。
 昔、或る百姓家に、六ヶ年の約束で、一人の小僧を雇った。小僧はよく主人に仕えたが、約束半分の三年だけで、ふとした事から病んで死んだ。其後、主人の夢に其小僧が現はれ生前の眷顧を謝し、此後約束の年期終わりは、明日伯楽のひいて来るはずの牛で補ってもらいたい、其毛色はこうこう、時刻はしかじか、と細かに告げて消えた。果たして翌日、夢の通りの時刻に、其毛色の牛が来た。買い取って使ってみると、実によい牛で、他の二倍も三倍も働く。そして三年たつと、何事もないのに忽然と死んでしまった。主人が深く悲しんで、塚を築いて其牛を葬ったのが、此牛の宮だといふ。(京谷保信)
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