◎ 蛙の鳴かない處
 昔、すぐれた人に声を封じられた為に、今に至るまで、蛙が鳴かないと傳へられるところが、各地にある。

其一、鳴かず川 (奈良市高畑町)
 奈良市の東南部、奈良聯隊區司令部の北側を、西に流れ下る小川を『鳴かず川』という。昔、吉備ノ眞備が、此川の辺りで勉学していた頃、蛙の声が邪魔になるので、神佛を念じて一首の歌をよむと、忽ち其声が止り、下流数丁の所から又鳴声を立てた。『なかず川』とは是から起こった名で、下流のことは『なる川』と呼んだ。今の奈良の鳴川町の所である。(宮前庄次郎、宮前平)

又 (奈良市鳴川町)
 奈良市の南部に鳴川町というのがある。昔、護命僧都が、元興寺の小塔院に住んでいた頃、毎夜、寺の前の川で、蛙の声が喧しく、お経を読む邪魔になるので、まぢなひをして蛙の鳴声を止めた。それで不鳴《なかず》川と呼ばれていたのだが、いつの間にか今の鳴川とかはって来たと云う。(山田熊夫)
其二、泰楽寺の蛙 (磯城郡多村泰楽寺)
 泰楽寺《しんらくじ》の寺の付近では、蛙は居るけれども少しも鳴かない。是は昔、弘法大師が来て、寺僧と話しをしていた時、蛙が喧ましくて、話し声も聞取りにくかったので、大師が呪文を唱へて其声を封じたからであると云う。
 (柏原賢司)
其三、神福寺の蛙 (北葛城郡瀬南《せなみ》村南郷)
 南郷の神福寺の池に居る蛙は、一匹も鳴かない。弘法大師が、こゝで学問をしていた時邪魔になるので呪禁したからだと云う。(山田熊夫)
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