● つんぼ春日 (奈良市春日大社
 春日の最初の山の主は、つんぼであった。初め常陸の鹿島から、春日明神が遷ってござった時に、山の主に向かって、『この山を、三尺借りたい。』と申し込まれた。山の主は、僅に三尺位のことでもあるし、耳も不自由だから、細かにも聞きたヾさず、『よいとも、よいとも。』と快く承諾したのであった。ところが、其三尺といふのは面積でなくて、山全体の地下三尺のことであった。それで今でも春日山の杉などの樹木は、悉く地下三尺より深くは根をおろしてゐない。此、山の主の春日様は、現在の官幣大社春日神社楼門の西手、回廊の簷下にある攝社春日神社(通称 榎本神社)がそれである。即ち、つんぼの神様である。明治二十年頃までは春日に参詣した人々は、必ず先ずこゝに来て、『春日さん、参りましたゼ。』と云ひながら、其柱を握りこぶしでトントンと幾度もたゝいて、祠のぐるりを廻ってから本社にいったと云ふことである。(橋本春陵)
● 春日の神鹿と乞食 (奈良市春日大社
 昔、春日明神が鹿島から移って来られ、鹿と乞食に物をやってくれとおっしゃった。それ故、春日神 社には、昔からお賽銭箱がなく、雪消の澤に、三百人も這入れる乞食小屋があって、『春日ハンには、 お賽銭箱がありまへん、どうぞ乞食にやって下ハれ。』といって、参詣人に金を求めたものである。鹿 は、春日の神鹿とて、昔から境内に遊んで居て、参詣人になれ、今は総計千頭と呼ばれてゐる。その後、世がかはって、春日の乞食もなくなったが、明治二十年頃までは、猶多少ゐたといふ。お賽 銭箱の出来たのも、近頃である。
(橋本春陵)
● 春日神社の神鹿 (奈良市春日大社
 春日大社の祭神、武甕槌命が鹿嶋から奈良へ移遷の際、白鹿に乗って来られたといわれ、それ以来、 奈良の鹿は春日大社の神鹿と呼ばれてきた。鹿の後脚に「さがり藤」の形をした白い毛が生えている。 これは、その昔、他国の鹿と区別するために春日明神が焼印を押しておかれたのだという。
● 八雷神 (奈良市春日大社末社)
 昔、東大寺に雷が落ちた。僧侶がこれを捕らえようとして追ったが、ついにその姿を見失ってしまった。そこが現在の不審ケ辻子町であるという。そのとき自分の姿を水鏡に映すと顔が八つに映った。僧侶はその姿を面に刻んだ。これが八雷神であるという。
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