◎ 金鶏の鳴く所
 金の鶏が埋まっていて、それが元旦に出て鳴く。或は、それが多少増減して傳へられているらしい處を、こゝに収録する。

(1)奈良市北市の大井戸
 弘法大師の掘られたという北市の大井戸。近年、上水道が普及してから、廃井になったけれども、元は付近五十幾戸の人々を養った所。氏神氷室神社の十月一日の例祭、神輿渡御の際には、神幣が此水を覗いていく例である。此井の中で、毎年元旦には、金の鶏が鳴くという。(高田十郎)

(2)添上郡大安寺村のスミ山
 大安寺村大安寺の中央に、太政大臣正一位藤原朝臣のスミヤマの墓という塚がある。東西四十五間、南北六十七間、杉が多いので、通称スギヤマという。近い頃までは、天智天皇陵として公認されて居たこともある。
 この塚には、黄金の鶏一番ひが埋めてあり、元旦未明の夜半に出て、何ともいへない好い声で鳴いた上、又静に塚の中へかへってゆく。其声を聞いた者は、世間一等の仕合せ者になれると云う。
 又、村に死人のある三日前には、此塚は必ずゴウゴウと鳴る。
 此様な事から、昔、村の人は、西大寺の佐土という塚堀りを雇って、此塚を掘らせようとしたが、堀りかけると、とても眩ゆくて目を開いて居れなくなり、遂に作業を中止したけれども、佐土は後に盲目になってしまった。又、この外にも、猶ひそかに発掘を試みた者もあるが、皆財産を失って衰へてしまった。
 塚の中央には、少し木の無い所がある。昔、相撲をとった跡だとも云う。
 (中尾新緑)

(3)生駒郡伏見村の安康陵
 伏見村寶来の安康天皇陵の中では、毎年正月元旦に、金の鶏が鳴くという。
 (澤田好太郎)
(4)生駒郡生駒町
 生駒町内で、生駒川から西の何処かに、神功皇后が、金の鶏を埋められたと云う。(奥野繁雄)
(5)生駒郡龍田町の御廟山
 龍田の御廟山は、一の古墳である。金鶏が埋めてあって、元旦に鳴くという。
 (京谷康信)
(6)山邉郡丹波市豊田のタンゴ塚
 豊田のタンゴ塚には、黄金の鶏が埋めてあって、元旦に三声鳴いて又かくれる。又、黄金の壷が埋めてあるとも云う。(乾健治)
(7)神野山のコガネ塚
 添上郡東山村と、山邉郡針ヶ別所村及び豊原村の境上にコーノ山という山がある。神野山また髪生山などゝ書く。上にコガネ塚というのがある。黄金の鶏が埋めてあって、元旦に三声鳴く。又、何か國に事のある前にも鳴くので、現に、日清日露の両役前にも鳴いたという。明治の中頃に、豊原村伏拝の人々が、黄金を目的で此塚を掘ってみたが、何も出なかったという。(樫原政治郎、東川寅之進)
(8)山邉郡東里村小原の瀧
 小原の瀧の黄金壷は、昔、長者が、黄金を箕にすくって、毎日投込んだので、名の出た所だという。そして、毎年正月には、こゝで黄金の鶏が鳴くという。
 (峯憲二、乾健治)
(9)磯城郡川東村阪手の塚
 阪手の北に塚があって、石蓋が露はれて居る。昔、この村に老夫婦があって、婆さんは眼病の為、盲目になり、難渋して居た。或大晦日に、一人の物貰いが来たのを、よくいたわってやると、乞食は喜んで、好い事を教えてやる、あすの元旦、村の人の誰も未だ起きない先に起きて、彼の塚に参れ、と言いのこしていった。老夫婦は、教えられた通り、元旦早々、塚に参ると、俄に石蓋が動いて、一羽の黄金色の鶏が現れ、東を向いて一声鳴いた。それと同時に、老婆の眼がパツと明いたと云う。(木村幸四良)
(10)磯城郡川東村東井上の塚
 東井上の村を東へ出た所に、方二間位の一つの塚がある。周囲は青田である。塚の上には老樹が密生して居り、其真中に一の長さ三尺位な小さい標木が立っている。
 此塚は、以前には天子の御陵だと云われていた。塚の樹の上には、一年中真赤な花が咲いていた。(今は無くなったが、自分も確か六七歳頃に視た覚えがある。)其花の上へ、毎年一月一日の午前一時頃に、声の美しい黄金色の小鳥が来て鳴く。すると、其下に居る黒い蛇が、塚の標木に巻きついてしまうのだと云う。
 (植田寅雄)
(11)磯城郡川西村結崎の佐々木塚
 大軌・結崎駅の西近く、青田の中に一つの小高い塚がある。古塚と云っても今は名のみで、何の祠もなく、開墾されて畑となっているが、柿、蜜柑等の樹木によって、一見意味ありげに思われる。これが所謂佐々木塚である。
 この塚は昔、佐々木と云う人の屋敷跡であって、塚の中央部の底深くに、立派な金の鳥と、金の茶釜が、埋められてあると云う。
 この塚の上の畑では、下肥を施しては、恐ろしい災厄がある、と傳へられている為めに現今でも、村人は、こゝだけは一切下肥をつかわない。
 尚不思議な事には、毎年正月元旦の晩、東天の白む瞬間、此の塚の奥深くより、金の鶏が一声高く鳴くという。(上野恭雲、乾健治)
(12)宇陀郡御杖村桃ノ俣のオグラ山
 桃ノ俣の小字上向台の川向、おぐら山に石棺があって、中に黄金の鶏がおさめられて居る。元旦に其声を聞けば、其人は死ぬると傳へられる。それで、
  桃の俣へははいるが大事
    石のからとに錠がおりる。
との俚謡がある。(「御杖村誌料」に拠る。高田十郎)
(13)宇智郡井上内親王陵
 宇智郡南宇智村御山の井上内親王陵には、黄金の鶏が埋められていて、元朝に鳴くという。(田村吉永氏に拠る。高田十郎)
(14)宇智郡荒坂長者の遺跡
 宇智に、昔アラサカ長者というのがあった。今の宇智村アラ坂は、其米を洗った址である。上ノ池、下ノ池というのが付近にあって、上ノ池の水が、いつも濁っているのは、其米の洗い汁の為である。
 此両池の溝に、長者の寶物だった金の鶏が埋められていて、元旦には鳴くという。又、アラ坂の下の薬師堂の所を長者屋敷といい、金の鶏の鳴くのは此処だとも云う。(田村吉永氏に拠る。高田十郎)
(大和の伝説 増補分)
◎ 金鶏の鳴くところ

(増1)長谷の金鶏塚
 旧田原村、今は奈良市の長谷町の藤村家の東北三百メートルの山頂に、径一〇メートルあまりの円墳がある。後醍醐天皇が笠置から吉野へ難をさけられる時、この藤村家で休まれた。その時、天皇から金鶏をたまわり、建物に菊と桐の紋を使うことを許されたという。この金鶏を埋めてあるのが、この金鶏塚で、毎年、元旦には時を告げるといい、藤村家の長押《なげし》には、今も釘かくしに菊と桐の紋が使われている。(田原村風俗誌による、大谷進一)
(増2)大柳生の金鶏塚
 奈良山中の大柳生と阪原の境に径一〇メートルほどの円墳がある。毎年、元旦には金の鶏が出て、時を告げるという。この塚の北側低地、今の奈良高等学校分校(大柳生分校/昭和49. 3.31廃止)のあたりを「月の輪」といって、人々はたたりをおそれたものである。(大柳生村史による)
(増3)天理市石上の小つる塚
 天理市石上町の市神社の東あたり、字薬師というところがあり、その少し西に、今は田になっているが小つる塚という塚があった。元旦に黄金の鶴が鳴いたとも、黄金の鶏が鳴いたともいう。(天理市史による)
(増4)山邉郡山添村遅瀬
 昔、旧波多野村遅瀬のカミヤケの御山に、お城があったという。城中に一羽の美しい金の鶏を飼ってあったが、卵一つ産まぬばかりか、作物を荒らしまわって困った。城主はついに「殺してしまえ」と怒って、この金鶏を馬酔木《あせび》の元に埋んでしまった。それから毎年正月元旦の早朝に限って、この金鶏が時をつくるという。土地の人は、この金鶏の初音を聞くために、元旦の朝は特に早く起きる。
 (田端武・峯憲二)
(増5)山添村中之庄(旧波多野村)の黄金塚
 八幡神社の上方に黄金塚がある。このあたりは「古やしき」といって屋敷跡らしいが、この塚の草を女子が刈ると腹痛をおこすので、今も男子ばかりが刈っている。この塚は黄金の鶏をうめてあるので、正月の元旦には金の鶏が出てなくといわれる。(井戸上弘道)
(増6)桜井市川合の東光寺跡
 桜井の近畿日本鉄道変電所の西側を磐根《いわね》といい、昔、ここに東光寺があったという。今はなくなっているが、ここに井戸があって、毎年正月の朝には金の鳥が出てきて鳴いたという。(桜井町史による)
(増7)桜井市谷の艸墓《くさはか》古墳
 艸墓古墳はからと古墳ともいい、安倍晴明の墓だという。ここの石棺に黄金の鳥がはいっていて、毎年正月の朝に、一年に一回だけきれいな声で鳴いたという。
 (桜井町史による)
(増8)桜井市忍阪《おっさか》の外鎌《とがま》山
 西阿公が大事な宝物をここの山頂の地中に埋めて討死にした。その宝物は金の鳥で、毎年正月の早朝、一日だけ出て一声鳴くという。
金がほしくば外鎌《とがま》の山の
 三葉うつぎの根を掘りゃせ
という俚謡《りよう》がある。(桜井町史による)
(増9)桜井市高田の鶏鳴き石
 旧安倍村高田の植松を登りつめた馬田の三辻の前に大きな自然石がある。昔、元朝に鶏がどこからともなく飛んできて、この石の上に立って鳴いたと伝えられる。
 (桜井町史続による)
(増10)桜井市出屋敷の椀山
 赤阪古墳の東方に椀を伏せた形の山がある。元旦の朝、金の鶏が鳴いたと伝えられる。(桜井町史続による)
(増11)桜井市慈恩寺のがんがら塚
 慈恩寺の小字式島《しきしま》の田の中に小さな丘になった塚がある。旧正月の元旦に金の鶏が鳴くといわれている。(桜井町史続による)
(増12)桜井市阿部の古墳
 安倍の文殊さんのすぐ上の山に石棺が埋めてあって、その石棺の中に金の鶏がいるという。昔、この鶏の声を聞いたひとりの男が、その鶏を盗みに行った。ところが石棺に近づいたら、旧に鶏が鳴きだしたので、恐れて逃げて帰ったという。
 (中尾新緑)
(増13)宇陀郡御杖村桃俣《もものまた》のおぐら山
 桃俣の春日神社の向かいの山をおぐら山という。この山に石棺があり、中には金色の鶏が納めてあるといい伝えられている。元旦に鶏が鳴くが、その声をきいたものは死ぬと村の人はいっている。(岡本伸平)
(増14)高市郡明日香村の都塚
 明日香村坂田の東北に都塚という円墳がある。毎年元旦には金の鶏が鳴くといい伝え、金鳥塚と呼ばれている。(網干善教)
(増15)根成柿《ねなりがき》天満神社の石塔
 大和高田市根成柿、天満神社の境内に二基の石塔がある。松香石の層塔である。毎年元旦には金色の鳥が飛んできて石塔の上にとまって、威勢よく東天紅を告げるという。(大和高田市史による)
(増16)吉野郡上北山村の十郎谷
 白川又川の中流に合する一渓流を十郎谷という。谷に沿って古い屋敷跡があり、昔、楠木一族の郎党で恩地十郎という武士の潜んでいたところであるという。
 また、白川又川が流れて北山川と合流する地点をオンジという。十郎はのち、この下流地方に出て定住したと伝え、同地に恩地十郎をまつる小祠がある。
 十郎谷には金銀財宝をたくさん埋めてあって、毎年元旦には黄金の鶏が暁を告げ、その場所は朝日照り夕陽輝いて、四季に絶えぬ花の咲く木の本であったという。故に昔から熊野灘に漁する舟人は、常に北方に輝く黄金の光を目あてにしたという。十郎谷の下流に宝光《たからこう》という地名がある。(上北山村誌による)
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