● およし狐
 御所市玉手町(旧南葛城郡掖上村玉手)
 城山の西に。およし狐という白狐が住んでいた。たいへん賢いので、殿様に仕えてかあいがられていた。あまりかあいがられるので、ねたみの心と、殿様がどんなに悲しむか見たいという好奇心で、ある悪者が鼠の油揚げを作り、これを餌にしてわなを掛けた。およし狐は殿様のところから帰る途中、狐の本性を現わして、さっそく食べてわなに掛り、死んでしまった。今、その狐を祭った塚が残っている。 (吉田清造)
● 鑵子《かんす》塚は白鳥陵 御所市柏原(旧南葛城郡掖上村柏原)
 柏原の南方、永田池の西南にある鑵子塚は「ひょうたん山」ともいわれ、日本武尊《やまとたけるのみこと》の白鳥陵だといい伝えられている。昔、この山から琴の音が聞こえたといい、この山を発掘した時、白い煙が出てたたったとも、毎年十二月二十五日には悲哀をこめた笛の音がするともいい伝える。 (池田末則)
● 観音さんの申し子 (北葛城郡当麻村新在家)
 新在家の高雄寺に霊験あらたかな聖観音さまがいらっしゃる。香芝町良福寺におられた恵心僧都は、この観音の申し子であったという。(当麻村史による)
● 今市地蔵と虎女 (北葛城郡当麻村南今市)
 南今市の磐城小学校のすぐ南の街道ばたに布施今市地蔵という堂があり、堂前に「大磯虎女旧跡地」という石標が立っている。昔、曽我十郎祐也<すけなり>と同五郎時致<ときむね>の兄弟が、苦節十八年、父のかたきを討ったが、その妻の大磯の虎女と化合坂<けわいざか>の少将は、共に夫の霊をなぐさめるために、この地蔵堂にわび住いをしていたと伝える。堂前に、「虎石」というのがあり、学校前に虎女がかけたという「虎橋」がある。(池田末則)
● 孝女伊麻とうなぎ 北葛城郡当麻村竹之内 (旧北葛城郡磐城村竹之内)
 寛文十一年夏、悪病が流行した時、竹之内の伊麻も父も病にかかって食事もとれなくなった。伊麻・長兵衛のふたりは昼夜介抱につとめたが、すこしもよくならず途方にくれていた。うなぎを煮て食べると早くなおるということがわかり、ふたりは急いでうなぎをさがしたが、容易に見つからない。力をおとして悲しんでいると、その夜、水かめの中から音がするので、ふたりがあやしみ、火をともして見ると、大きなうなぎが泳いでいた。ふたりは喜んで、さっそく調理して父に食べさすと、父の重病はたちまち全快したという。(池田末則)
● 縁切り橋 北葛城郡当麻村長尾(旧北葛城郡磐城村長尾)
 長尾の村はずれに小さい橋がある。縁切り橋といって、嫁入りの時、この橋を通ると不縁になるといって避けるようにしている。(沢田四郎作、大和昔譚による)
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