● 寶劔小狐丸
 (山邊郡丹波市布留) 昔、布留に一人の若者があった。父の病気平癒を祈って、毎月信貴山に跣足<はだし>参りをして居た。すると、いつも途中で休む龍田の茶店の女に恋慕された。男は妻ある身なので、女を避けて逃げて帰った。女は男の後を追った。若者は、途中、生駒郡平端<ひらはた>村八條の菅田神社まで逃げ延び、 社の後ろの松の木によじ登った。松は一夜に大木となって、若者を隠した。
 女は木の下の水に映った男の姿を見て、身投げしたと思ひ、其身も身投げして死んだ。
 それから後、其水に大蛇が棲み、田畑を荒し、嫁入の花嫁を取ったりして、大に地方の人を苦しめた。
 ここに又、布留に一人の婦人があった。寒中に菅田の森を通ると、一匹の小狐が子を抱へながら、乳が無くて困って居るのに会った。婦人は狐を憐れんで、其後毎夜そこに通って子狐に乳を授けてやった。狐は其謝礼として、一口の劔を婦人に贈った。是は、狐が刀鍛冶の弟子に化けて、向槌を打って作った者であった。後に小狐丸といはれるものは是である。
 婦人は、狐の助力により、此小狐丸を揮って、彼の大蛇を退治した。そして、其の劔を郷里の氏神・布留明神に献上した。布留明神とは、今の官幣大社石上神宮である。
 菅田神社の、若者が隠れた松は、一夜の松と呼ばれ、今は幹ばかりが残っている。大蛇が花嫁を取った所は『なしが辻』といひ、今も嫁入の行列は一切通らない。布留の婦人が、小狐丸を石上に持参の途中、三島の庄屋敷の東、ウバガ井デ(姥ガ堰)で、血のりを荒ひ清めたといふ。其地は、今天理教本部の東門前に當り、暗渠となって居るから見られない。
 小狐丸は、今も石上神宮の神宝の中にある。維新前に古墳の盗掘が流行した頃、この劔を持って行くと、祟りが無いと云はれ、一時盗賊の手に入って魔除けに使はれて居た。其後、或る殿様の手に入ったが、是は尋常の物ではないといふので、元の石上神宮に還った。其後、また盗難に逢ったことがあるけれども、今は復たもとに帰って居る。此劔を抜くと、小狐の走る姿が現はれると云ふことである。
 (乾健治)


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