● 御杖村の由来  (宇陀郡御杖村)
 倭姫命が勅命を受けて、伊勢大神宮の地を定められる前、今の御杖村(みつえむら)の神末(かうずゑ)を、一時神宮の候補地と定め、後に伊勢に移された。その移轉の時、姫は杖を此地にわすれておかれた。それで、其邊を御杖村といふ。
 (前田芳弘)


● 御杖村と倭姫命

 宇陀の御杖村には、倭姫命が、神鏡奉安の好適地を求めて、伊勢に出られた途中の遺跡というものが、数々ある。(高田十郎)


(1) 駒つなぎ杉
 大字菅野の西端に、神代杉または駒つなぎ杉と呼ばれる一本杉がある。幹が少しゆがんでいる。これは尊が馬をつないでおいて、神鏡奉安地をさがしておられる間に、馬が引っ張った結果だという。
 命は、この時諸方たずね、一里(およそ四キロ)の山奥の今の不動の滝までも行ってみられた。しかし「海がない」という理由で、神地には採用されなかったという。


(2) 手洗ひの井戸 (宇陀郡御杖村)
 菅野の東の四社神社境内に、命の手洗ひの井戸がある。命は當時この井水で口を濯ぎながら、『スガスガしい野原だ』と言はれた。それが今の大字スガノの起こりだといふ。


(3) 菅野の地名 (宇陀郡御杖村)
 スガノの文字は、今は『菅野』だが、昔は、『酢香野』とも作られた。
 是は、當時、命に献上した酒が腐って酢になったからだと云ふ。四社神社の附近には、スツボダといふ田地がある。當時献上の酒を持って通った所だと云ふ。何故スツボダといふかは、説明がない。一説には又、其田で取れた米で、其酒を造ったとも云ふ。


(4) 神末の御杖神社
 神末<こうずえ>は御杖村の東端にあって、伊勢の地に接している。命がここに一泊され、杖を置きわすれて立たれた。その杖をまつったのが御杖神社である。その杖は今もあるという。地名の「神末」も、昔は「神杖」<こうづえ>と書いた。村名の「御杖」がここから起こったことは、いうまでもない。



(5) 腰かけ石
 命の腰かけ石は、神末の東北部なる敷津の伊勢街道上にある。高さ三〇センチ、広さ一メートルに八〇センチメートルばかり。


(6) 姫石明神 (宇陀郡御杖村)
 神末の東北端、敷津の伊勢境に迫った所に、姫石明神と呼ばれる所がある。
巨岩の一方に、女陰の形と云はれる姿が出来て居り、男女の思ひ事と、しもの病とに霊験があるとて遠近の信仰を集めて居る。是は命が、しもの病の全快を祈願されてから、始まった事だといふ。

御杖村の姫石明神
(7) こまやま
 菅野のイデタニの奧に、コマヤマというところがある。けわしい礫岩のがけで、うまやの形になっている。命が駒を入れられたところだという。


● 六部塚 (宇陀郡御杖村神杖小字小屋)
 いつの頃からか、この地に一夜の宿をもとめた六部があった。六部は、とある窟に一夜を明かしたが、そのままここに止まることにした。食を断つこと二十一日、ひたすら鐘をたたいて念仏していたが、結願の後、安らかにみまかった。

六部塚
 里の人が鐘の音の絶えてから窟をうかがうと、骸はなくて、小さな石碑が残っていた。
 後の人が伝えきいて、窟には金銀財宝があるといい、これをあばこうとする者があったが、仏罰がたちどころにあらわれたという。
(岡本伸平)


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