● 神野山の天狗 (山邊郡豊原村伏拝)
 大和の神野山にゐた天狗と、伊賀の青葉山にゐた天狗とが、喧嘩した事があった。神野山の天狗は、青葉山の天狗を、頻りに怒らせたので、青葉山の天狗は立腹のあまり、盛に石塊を神野山の天狗に投げつけた。大和の天狗は、何も投げないで、弱い風を見せてゐたので、青葉山の天狗は愈々それにつけ込んで、手当たり次第に石塊や芝生を投げつけた。
 それが為に、伊賀の山は、石塊や芝生がなくなって、はげ山になり、大和の神野山は石塊が集まって、鍋倉渓が出来たり、山頂が芝生になったりしたのである。
 又一説には、神野山の天狗は大きな石をさし上げて、威勢を示しながら、それを投げずに居り、最後に、青葉山天狗目がけて投げつけたので、青葉山天狗は、臂<ひじ>がをれて、軍扇と、隠れ簑を出して、降参した。その時、神野山の天狗も負傷したので、その血しほが草葉を染めて、名物の紅躑躅<つつじ>になったのだともいう。 (樫森政治郎)
関連:● 一台山の石(旧添上郡大柳生村大平尾)
● 親の顔の見える鍋倉渓 (山邊郡豊原村伏拝)
 神野山の東北の麓にナベクラ谷といふ所がある。巨石が累々として、数町の間、渓を形成し、石の底には、トウトウと流れる水の音が聞こえる。此石の間から正直な者が覗くと死んだ親の顔が見えると言はれてゐる。それは次の様な事実が始まりになってゐる。昔、この附近に、孝行息子があった。親の病気の為に、毎日奈良へ薬をとりに通ってゐた。又時々薬瓶を提げたまゝ、このナベクラ渓に石の上に坐して、東から出る月を拝んだ其後、遂に親が死んだ。悲しさのあまり、孝行息子は、毎日こゝに来て、在りし日の親を思ひながら、石の間を覗いて見ると、親の顔がありありと見えたといふ。  (乾健治)


● 天狗になった男 (山邊郡豊原村大塩)
 大塩に、他惣治<たそじ>といふ男があった。或晩、あまり月がよいので涼みに出て、一尺位の蛍を見つけた。それを捕らへようとして追ったが、いま一尺位の所で手がとゞかない。最後に松の小枝に止る所まで追詰めたが、其處は神野山の頂きであった。そして、蛍の正体を確かめると、恐ろしい天狗であった。一度は驚いたが、更に天狗に見抜かれて、其後三日二晩、其愛弟子となって、飛切の魔術を修行した。
 修行が終って帰ってみると、村人は鐘太鼓を鳴らして『他惣治をらへんか他惣ォ治。』と捜し求めて居る最中だった。村人は、他惣治の言葉や姿が、急に変ったのを見て、気が狂ったのだと噂した。併し、それから他惣治は、六里もある奈良へでも、日の暮れから買物に往って、二時間程すると帰ってくる、四里の上野などは、半時間もかゝらなかった。全く、天狗に飛行の術を学んだお陰であったと云ふ。(乾健治)
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