● すももの荒神さん
 橿原市小綱町(旧高市郡今井町小綱)
 小綱の正蓮寺大日堂に安置されている荒神さんは、昔、飛鳥川の堤防にあった西蓮寺におられたが、たびたびの洪水で現在のところに移されたといわれている。毎年、六月二十八日の晩には飛鳥川堤防へ出開帳され、この地方の夏祭りのトップをきって盛大に行われる。ちょうど、すももの出るころなので、すももの荒神さんといい、この日からゆかたを着ると厄除けになるといわれ、みんな競ってゆかたを着てお参りする。(荻原愛孝)


● 経塚 橿原市今井町(旧高市郡今井町)
八幡神社の境内に経塚がある。天保の頃、紙屋の貞寿尼が発起し、町内の安全を祈願して法華経を書き、若狭の小浜の無着尼によって建立されたものである。どんな大地震にも、この経塚だけは動かないといわれ、地震の時のまじないに、土地の人は「経塚、経塚」と、となえるという。(荻原愛孝)


● 夜泣き地蔵 橿原市今井町(旧高市郡今井町)
蘇武《そんぼ》の井戸のそばに夜泣き地蔵がある。この地蔵に絵馬をあげると子供の夜泣きがなおるといわれている。(荻原愛孝)


● ふぐり山 高市郡明日香村祝戸(旧高市郡高市村祝戸)
 祝戸の西、飛鳥川の西側の小山をふぐり川という。その上に聖徳太子のえなを埋めた「えな塚」があるという。また、ふぐり山というのは、その山のふもとにふぐりに似た石があるからであり、その付近の旧道のかたわらに陽石がある。
  (小島貞三)


● お里沢市 高市郡高取町壷坂
 壷坂寺の片ほとり、土佐に住む沢市という座頭があった。女房のお里とは幼い時からの許嫁《いいなずけ》であった。沢市は天然痘をわずらって盲になった。お里は結婚後三年間、夫の眼病平癒を観音様へ参詣して祈願したのであったが、かえって夫のうたがいをうけ、一時はそのうたがいも晴れたが、沢市妻に苦労をかけるのを気の毒に思い、死を覚悟して壷坂寺に参り、谷間へ身を投げた。ところが、観音様の利生《りしょう》あらたかに、沢市の目は開いたというのである。その谷を今おおかみ谷といっている。寺宝に沢市の杖があり、沢市修行の滝もある。また山のふもとの土佐には沢市の墓といわれるものがある。
  (三十三所、花の山、観音霊験記による)


● 碁《ご》田 橿原市十市町(旧磯城郡耳成村十市)
 十市村の人家の北方に碁田という地名の小墳がある。昔、吉備大臣が愛玩された碁盤《ごばん》と金の碁石《ごいし》を一しょに埋められたとおころだという。
  (乾健治)


● 御誕生石 橿原市出屋敷町(旧磯城郡香久山村出屋敷)
 天の香久山の東北、桃山の上、蛇つなぎ石の西側に御誕生石がある。七つ石の一つで、白い腹おび形のすじがあって、お月さまの生まれた石だという。石にくぼんだところがあって、これは、お月さまの足あとだという。(乾健治)


● 室山の桜 橿原市東池尻町(旧磯城郡香久山村池尻)
 池尻の人家の西南に室山がある。履中《りちゅう》天皇が十一月ごろ、磐余《いわれ》の市磯《いちし》の池で舟をうかべてお遊びになった時、どこからか桜の花がちってきて、おさかずきの中におちた。侍臣《じしん》にいいつけて花のありかをおたずねになると、室山に桜がさいていた。室山は今の御厨子《みずし》山で、いわれの池の西に、二本桜という地名がある。(乾健治)


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