● 白い蜆《しじみ》
 磯城郡田原本町田原本
 字小室に小さなほこらがあり、弁財天をまつっている。この北側に弁天川が流れている。ここに不思議な白い蜆がいる。これを食べると眼病がよくなおるので、奇薬だといわれている。 (横田左門)


● 十六面《せん》 磯城郡田原本町十六面(旧磯城郡平野村十六面)
 西竹田に猿薬師が住んでいた。名を金春(こんぱる)といった。天から十六という面(おもて)がおちた。それで、そのところを小字十六面(せん)という。十六という面は若い美しい公達をあらわしたもので、これを十六というのは平敦盛《あつもり》が戦死した時が十六であったからだという。この十六という面をつけると気が狂ったようになるので、金春の息子は能薬師として家をつぐことをあきらめて、この面を御神体としてまつったのが十六面の市杵島神社だという。面作りは大綱と富本とにいた。
十六面はもと富本と一緒であったので、富本の伏せ名として十六面をトムオモテとよみ、トムモトとよめるので、本名を伏せて十六面という名にしたのだという。
(横田左門)


● 壷の中の児 磯城郡田原本町秦之庄(旧磯城郡多村秦之庄)
 秦楽寺の北の門の前に、もと金春屋敷があった。金春の先祖は秦河勝(はたのかわかつ)だといわれるが、秦河勝は洪水に際して長谷川から流れて下った壷の中にいた嬰児であった。時の天皇のお夢にこれがあらわれて、秦始皇の再誕であると名のって、天皇に重く用いられたという。花伝書にも出ている。(横田左門)


● 斎宮 磯城郡田原本町法貴寺(旧磯城郡川東村法貴寺)
 法貴寺に字斎宮寺というところがある。むかし、在原業平が伊勢の斎宮女王を誘い出してきて、長谷川党にたすけられて、ここに寺を立てて、かくれていたという。これを斎宮寺といった。明治以前までは、領主水野家の位牌があったといわれている。今は、その堂もなく、名だけである。(乾健治)


● 秦楽寺の七不思議 磯城郡田原本町秦之庄
 秦楽寺の七不思議というのがある。 
1、阿字池はいずれの方向からみても地形の全部が見られず、一すみだけ見えない。
2、阿字池は百日のかんばつでも水が絶えてかれたことがない。
3、池中にはうきぐさが生じない。
4、木の葉がうかばない。
5、蛭《ひる》がすまない。
6、蛙が鳴かない。弘法大師が修行中やかましいので封じたという。
7、池水が田の水より少し目方が軽い。 (横田左門)


● 子部の里 磯城郡田原本町飯高(旧磯城郡平野村飯高)
 雄略天皇が、すがるに命じて蚕《こ》を集めしめられたが、すがるは子《こ》とまちがえて子供を集めてきたので、天皇はそれをすがるに与えて養うように仰せられ、少子部連《ちいさこべのむらじ》という姓を給うたという話は書記にも見える。その子供を育てたところが飯高の付近であるといい、ここを子部の里といった。

 飯高には子部神社や少子部神社があり、子部の方はすがるの先祖、少子部の方は少子部のすがるを祭るといわれ、少子部神社の氏子は、飯高と隣村の橿原市小槻《おうずく》に数軒あって、すがるの子孫であるといわれている。
 少子部神社の西にはすがる田という田もある。
(仲川明)
 注 飯高は橿原市に編入



飯高町に鎮座の 子部神社
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