金屋の弥助さん 磯城郡大三輪町金屋(旧磯城郡三輪町金屋)
 金屋の石仏、弥助さんにまつわる話である。これはもと平等寺の厨子《ずし》として、三輪山中にあったという。それを山麓まで運び出したが、この仕事にあたった者が急に腹痛をおぼえ、どうしても動かせなくなったので、今の場所におちついたといい伝えている。(荻原愛孝)


● 大豆超《まめごし》 磯城郡大三輪町大豆超(旧磯城郡纏向村大豆超)
 天正のころ、十市常陸守一族らが松永久秀に攻められて、十市城がおちた。同勢八〇人が落武者となって、今の大豆超の地まで落ちのびてきた。
常陸守は落髪して仏門に入り、一寺をたてた。時に九月十三夜で、後の明月であった。この名月を大豆《まめ》の名月ととなえ、大豆を食べる習慣がある。それで大豆超といったという。(乾健治)


● 唐川 桜井市桜井(旧磯城郡桜井町桜井)
 上げ山の西方、小字「松が下」の北方を小字「庵の浦」という。このほとりに小川があり、昔、入唐した尼僧が、この地に庵を結んで住んでいたから唐川という。
 (桜井町史による)


● 土舞台 桜井市谷(旧磯城郡桜井町谷)
 桜井市児童公園の標示板のあるあたりの丘を土舞台という。
推古天皇の頃、聖徳太子が百済からはいった舞楽を、少年たちに伝習させられたところだという。
 (桜井町史による)



土舞台
● 聖林寺の地蔵尊 桜井市下(旧磯城郡桜井町下)
 十一面観音で有名な聖林寺の本尊は、大きな石の地蔵尊である。昔、この寺に文春法師という偉い和尚さんがおられ、全国を行脚して帰られた。かねがね地蔵尊を作りたいと念願しておられた。この付近には地蔵を作る石材はあるが、石工がいないので困っておられたところ、ある夜の夢に但馬の国(兵庫県のうち)によい石工がいることを知らされ、さっそく翌朝から支度をして但馬の国へ出発された。夕方、奈良の町へ入ろうとされると、向こうから三人づれの男がこちらの方へくるのに出合われた。
 「もしもし、そなたはどこへおいでじゃ。」
と文春法師が聞かれると、
 「はい、わたくしたちは但馬の国の石工でございます。地蔵さんを作ることを職としていますが、よい石材がないので困っていましたところ、夢で、大和に地蔵さんを作るりっぱな石材のあるのを知って、喜び勇んできました。」といった。
 「ほう、わたしも夢に、但馬の国の石工にりっぱな人のいるのを知って、さっそく出かけてきたのだが。」
 「それはよかった。」
 文春法師は仏のおひき合わせと喜び、石工もこおどりして、桜井の地へきた。つぎの日から石工は聖林寺でのみを振るい、地蔵尊をつくることに精進した。
 (桜井町史による)

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