● 忍びの坂
 桜井市忍阪(旧磯城郡桜井町忍阪)
昔、神武天皇が長髄彦を攻め、夜に乗じて下居《おりい》へ下ってこられたが、まだ夜が明けないので、森かげの坂で忍んでおられた。忍阪を忍びの阪と書くのはそのためだという。(桜井町史による)
● 金閣の天井板 桜井市赤尾(旧磯城郡桜井町赤尾)
 赤尾の山口神社は、昔社地が二五〇余坪(八〇アール)もある大きな神社であった。この社地に、天にもとどくばかりの楠の木があり、その木の蔭になった田が、小字を「木下」といって、ずいぶん広かった。足利義満が京都に金閣を建てた時、その天井板に、この楠の大木を用いたという。(桜井町史による)
● 十三重の鶴の塔 桜井市粟原(旧磯城郡多武峯村粟原)
 昔、六本の浦西という家へ、病気をした一羽の鶴が舞い下りてきた。この家の人たちが親切に世話し、病気をなおして放してやった。鶴はうれしそうに、どこともなく飛び去った。その後、前の鶴が、この家の上を数回とびまわって、くわえていた曼荼羅を落として飛んで行った。浦西家ではその鶴の供養のため十三重の塔を建立した。それで、この塔を鶴の塔とよんでいる。
(桜井町史続による)



鶴の塔
● 安倍の文殊 桜井市阿部(旧磯城郡安倍村安倍)
 安倍山の文殊院の文殊菩薩について、こんな伝説がある。昔、天空にわかにかき曇り、山を動かし地を震わして、一瞬の光とともに、阿部の石窟に物の落ちる音がした。ひとびとは非常に驚いて石窟に入って見ると、中に一寸八分(五・五センチ)の黄金の文殊菩薩が立っておられた。さわってみると、生きた人間の温かさがあった。ひとびとは感激して、これを安部山に安置したのだという。
(桜井町史続による)
● 楠堀山のふっくり 桜井市今井谷(旧磯城郡多武峯村今井谷)
 ふっくりとは蘭の一種で、今井谷地方の山野に自生している。昔から、楠堀山のふっくりを閼伽井《あかい》の水で練って用いる時は、切り落とした首でも接いで生命を全うすることができるといわれている。現在も、この楠堀山のふっくりを水で練ってつけると、どんな傷でもなおるといわれる。この種の蘭は他の山にもあるが、これ程の効験が少ないという。(桜井町史続による)
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