● 太良路(たろうじ)

 大字太良路は、もと太郎路とも書き、伊勢の太郎生(タロウ)という村に通ずる路であるからここを太良路という。
 ここからお亀池を越すのを太郎越えとも亀山越えともいう。


● 山の神
 大字太良路にあり、カナゴ石というものが三か所にあって、ちょうど火をたく時の三徳の足の形のようである。これを山の神といっている。さわるとたたるという。


● 情ヶ塚(じょうがづか)
 大字吐露氏と伊賀領との境にあり、俗に情ヶ塚(じょうがづか)といって正月元旦に黄金の鶴が鳴くという。


● 山婆(やまんば)
 大字太良路に俗称「ヤマンバ」といって大きな石がある。縄のタスキをかけたような筋目がついている。むかし山婆がここから出たという。


● 疱瘡神社(ほうそじんじゃ)
 大字太良路の字庵ノ前(アンノマエ)に疱瘡(ホウソ)神社がある。俗にクサガミサンといって子供のクサに霊験あらあかな神さまといわれている。


● お亀池の人魚
 むかし一人の浪人が乗馬姿で、このお亀池のほとりを通りかかった。すると一人の若い女が子供を抱いて待っていた。浪人が、若い女に「何をしているのか」と問うと、この女は、「お願いです。この子を抱いてくれませんか、その間、あまりにも、この池が美しいので、水あびををしたいのです。」と頼みこんだ。浪人は馬から下りて子供をあずかった。そして待っていた。大分時間がたっても女は池からあがって来なかった。池の中をみると、先きの女は半身人魚で化けておよいでいた。裸体をのそかれた人魚は、びっくりして、そのまま池の中へ姿を消してしまった。浪人が抱いている子をよくみると、それは子供ではなく石のお地蔵さんであったという。


● お亀池の大蛇
 大字太良路という村の北に亀山がある。亀の形に似ているので亀山という。ここに池がある。これをお亀が池という。
 むかしお亀という女が、伊勢の国の太良村から太良路村へお嫁に来た。十八才のみずみずしい美人であった。お亀は毎朝、家の裏にある井戸で水鏡をみて化粧した。この井戸は深く水は亀山の池から出て来ていた。しばらくすると、毎晩どこかへ出て行って朝になってから帰る。そして裏口に泥のついた草履がぬいであった。縁先にほしてあるぬれた草履をみて夫があやしむと、お亀が池へ子供が生まれるように水ごりをとりに行っているという。
 夫婦の間に子供が生まれた。お亀は「私の用事は、すんだのでおひまを下さい」と実家へ帰った。ところが子供が夜泣きをするので、そのムコさんが子供をつれて乳をのましてもらいに出かけた。
 「お亀よ、お亀よ」とよびながら池のあたりまで来ると、お亀はむかえに来てくれた。「もう明日から来て下さるな」とお亀は言った。そして実家の方へもどって行った。ところが翌晩も子供が泣いて仕方がないので、また子供をつれて池のあたりまで行った。すると、お亀が池の水がゆれて、池の中から嫁のお亀が姿をあらわした。「もう来るな、といったのに、何故来るか」と忽ち大蛇の姿に化けて大口をあいておそいかかって来た。ムコさんは子供をかかえて一目散に逃げた。今もその場所を字大口という。それから大蛇は真直ぐの姿勢で追うて来たので、そこを「タテホリ」と今もいっている。真直ぐになることを「タテ」とか「タツ」という方言がある。大蛇は疲れたのか休んだ。そこを字ビヨウソク(弊足)という。そこで大蛇は水を飲んだ。そこを字水ノミという。
 命からがら逃げ帰ったムコさんは、それから重い病気にかかって死んだ。お亀池の主といわれる大蛇も野火から山火事になった時、焼けて死んだという。もとこの池は太良路池といっていたが、このお亀の事件があってからお亀池というようになった。このお亀池からスリヌカをほりこむと太良路のところへそのスリヌカが流れて来るという。この池底は沼で深さはいくらあるか判らない。しかし水深は僅か一メートル前後のものである。
 この村ではお亀という名は、それからつけないようになった。また最近になって若い男がこの池の鯉を釣って帰ったところ、病気になったので、池の主のたたりだといって返えしに来たことがあった。


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