● 深江川のあぶり魚 山辺郡都祁村上深川 (旧山辺郡針ヶ別所村上深川)
 笠置街道に沿うて深江川という川がある。この川にあぶり魚といって、腹の両側は火であぶったような紋様のある魚がいる。昔、子供たちが多ぜいでこの魚をとって道ばたで焼いていると、そこを弘法大師がお通りになり、子供たちにお金を出してこの魚を買いとり、ただちに川へ放ってやられた。すると不思議や、半焼けの魚は見る見る生き返り、嬉しそうに泳ぎまわったのが、このあぶり魚で、その紋様はその時に焼けたあとであるという。 
 (樫森 政治郎)


● 田の虫おくり 山辺郡山添村大塩(旧山辺郡豊原村大塩)
 大塩と月瀬との村境に螟虫焼場《むつしやきば》というところがある。これは昔、五月の田植の終わったとき、田の害虫を送り出すため、村人総出で手に手に松明を持ち、貝をふき、鐘や太鼓をならして、
 「田の虫送りや、ドンドン」
とにぎやかに送り出したところという。(峯 憲二)


● 塩瀬さん 山辺郡山添村大塩(旧山辺郡豊原村大塩)
 大塩から神野山へ登る途中、硯石《すずりいし》のところよりすこし東へ行ったところに、塩瀬大明神がある。大明神といっても形のよい大石が一つ立っていて、あたり一帯は草が深く茂り、千年も経っている老杉があるばかりである。
 昔、ここから塩がでたとか、大塩の名はこれから始まったとかいって、土地の人は「塩瀬さん、塩瀬さん」と尊敬している。
 また、眼病の神様といわれ、かたわらに湧き出る清水で目を洗えば、どんな眼病もなおるという。
 (峯 憲二)写真:塩瀬地蔵


● 塩瀬地蔵の手水鉢 山辺郡山添村大塩(旧山辺郡豊原村大塩)
 大塩から神野山へ登る途中、ちょっとかたわらへ入ったところに塩瀬地蔵というのがある。その地蔵の前に自然石の手水鉢があるが、この手水鉢の水が涸れると天気が続き、水が多いと雨だという。また、この水を目につけると、すべての眼病は治るという。(樫森 政治郎)写真:塩瀬地蔵


● 天狗の大石 山辺郡山添村大塩(旧山辺郡豊原村大塩)
 弘法大師の硯岩から少し西の方に、小山のような巨岩がある。土地の人は「大石」と呼んでいる。昔、天狗が神野山の頂からこの大石をかついで下りてきたが、あまり疲れたので一休みしようと、ドオンとおろしたが、ガタガタと動いたので、かたわらの四〇〇キロもある石を片手で拾って、その下にあてがったという。
  (峯 憲二)


● 神野山の天狗杉 山辺郡山添村伏拝(旧山辺郡豊原村伏拝)
 神野山の南東山腹に神野寺という寺がある。その寺の西の方に天狗杉といって、高さ十数メートル、周り三メートルばかりの杉がある。幹や枝はスルスルに皮がはげている。この杉には天狗が住んでいて、弟子どもに術を授け、枝から枝へとわたって行をしているから、あのように皮がはげているのだという。(樫森 政治郎)


● しんぐりまんぐり 山辺郡山添村助命(旧山辺郡豊原村助命)
 助命《ぜんみょう》のお宮、八柱神社には一〇〇メートルばかりの石段があり、下からお社を見上げると、森がこんもりと茂っていて、なかなか神々しい。この石段には時折夕方になると、しんぐりまんぐりがきて、しんぐりをころばすことがある。そのしんぐりの中にはいたずら小僧が入れられているのだという。この地方では子供が悪戯をすると、
 「そら、また、しんぐりまんぐりがくるぞ。」
といっておどかすそうである。(樫森 政治郎)


● 槍立ての椋と犬飼堂 山辺郡山添村岩屋(旧山辺郡豊原村岩屋)
 伊賀騒動の時、筒井順慶は織田信長に従って、この岩屋を通って、伊賀の薦生《こも》を過ぎ、梁瀬《やなせ》(今の名張町)を攻めようとした。その時、ここの八柱神社に戦勝を祈り、社殿の前の椋の古木に槍を立てて休んだといい、この椋の木を槍立ての椋という。また、この戦いで薦生の郷士らがよく防いで、筒井軍は利がなかったので、岩屋まで引き返し、犬飼堂に陣して祈願し、ふたたび攻めて大勝を得たという。(樫森 政治郎)


● 火の雨を防ぐ塚穴 山辺郡山添村岩屋(旧山辺郡豊原村岩屋)
 平岩というところの畑の畦《くろ》に、西向きで炭がま式の方二〇メートルくらいの塚穴がある。天正の頃、織田信長から、
 「火の雨が降るから、それ相当にこれを防ぐ用意をせよ。」
との府令が出た時、村人はにわかにこの穴を作って、そこにはいって難をのがれようとしたのだという。
 (樫森 政治郎)


● 高塚権現と滝不動との相撲 山辺郡山添村岩屋(旧山辺郡豊原村岩屋)
 高塚山という岩屋第一の高山に権現様を祭っている。また、八柱神社の向こう側に滝があって、不動様を祭っている。高塚さんの会式は八月十六日で、不動さんの会式は八月十八日だが、この会式に雨が降った方が、今年の相撲に敗けたのだといっている。(樫森 政治郎)


● しだ取りの由来 山辺郡山添村上津(旧山辺郡波多野村上津)
 上津では、毎年お正月のしめ飾りにつかうシダを月瀬村桃香野《ももがの》の山まで取りにゆく。昔、上津ではたびたび火事があったので、これは何かのたたりであろうと、お正月につかうシダを桃香野の山へ取りに行った。ところが、その地主は苦情をいって、
 「以後、シダを取ってはいけない。」
と強く断った。それから桃香野に火事がひんぴんと続いた。そこでこんどは桃香野から、
 「どうか、お正月のシダを取りにきてもらいたい。」
と頼みにきた。今も毎年十二月三十日には、村の男の子は列をなして、村の中老に引率され、
    シーダやユズリ葉や
      権兵衛のヤッキャッキャ
と唱えつつ、遠くは桃香野の山まで取りに行くのである。(西 登美・峯 憲二)


● 心細《こころぼそ》 山辺郡山添村下津(旧山辺郡波多野村下津)
 下津から月瀬へ出る途中に心細というところがある。面積は狭いが恐ろしい泥沼で、そこへはまれば月瀬の川原へ出るという。またその水で尻を洗えば幸運があるといい、ここを通れば、これへ尻をつける人もあるという。
 (藤井 保一・峰 憲二)


● 東山の天狗 山辺郡山添村遅瀬(旧山辺郡波多野村遅瀬)
 遅瀬《おそせ》に東山《あずまやま》という高い山がある。昔、ここに天狗が住んでいた。ある時、遅瀬の地蔵寺の住持が、天狗に剣術を教えてほしさに、酒一升(およそ二リットル)を持ってこの山へ登った。天狗は不意に、この住持をつまんで下の谷に投げた。住持はすこしも恐れる色もなく、すぐにまた山に登って、
 「どうか剣術を教えてもらいたい。」
と頼んだ。天狗は、その度量に感じて秘伝を授けた。
 住持は近在きっての剣術の名人となって、ながく道場を開いていたという。(中尾 利詞・峯 憲二)


● 遅瀬の蛇淵《じゃぶち》 山辺郡山添村遅瀬(旧山辺郡波多野村遅瀬)
 遅瀬から五月川にそって月瀬の梅林に通じる細身がある。その中途に蛇淵というところがあり、附近は昼なお暗い深山で大きな岩がある。
 昔、ここに大蛇が住んでいて、そばの淵で遊んだり、ノソリノソリとはい出て人々を驚かしたりしたという。(田畑 鶴子・峯 憲二)


● 弘法大師手植えの菩提樹 山辺郡山添村鵜山(旧山辺郡波多野村鵜山)
 八柱神社の境内に樹令四百五、六十年を経たらしい大きな菩提樹がある。弘法大師が巡錫《じゅんしゃく》の際に手植えされた木という。地上一メートルのあたりで、周り二メートル、高さ一〇メートルという雄大なもので、付近一帯に多数の実生《みしょう》苗が生えている。墓の木と称して、これの移植を好まず、稚苗・新芽のうちに草刈り鎌でなぎたおしてしまうので、幾星霜の間、むなしくその繁殖もはばまれたままである。(乾 健治)


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