● 静が井戸 吉野郡吉野町(旧吉野郡中荘村)
 義経が吉野山で静御前と別れ、奧羽に落ちのびた後、静は、
「今はもう頼むところもない。」
といって身を井戸に投げた。
これが中荘村・西生寺境内の「静が井戸」である。
 その後、静の亡霊が火の玉となって、その井戸から現れるので、村人は蓮如上人に頼み、静の亡霊を済度<さいど>してもらうことにした。
蓮如上人は、大谷氏の家に残っていた静の振袖に、    静にはその形なく 白骨の
      にくをはなれて なむあみだぶつ
と書きつけ、七日間法会を行った。
 満願の夜の夢に、静が現われ、
「長らくの迷いの門出ができました。」
と蓮如上人にはなした。その寺は、元は西光寺といったが、この時から西生寺とあらためたという。
 (山田熊夫)


● 義経の馬の足跡 吉野郡吉野町吉野山
 吉野山名所の吉水神社は、もとの吉水院である。

弁慶力試しの釘

 その岩陰に、義経の馬の足跡というくぼみがいくつかできている。義経が馬上で駈け登った時のものという。
 また別に、地上にあらわれた石に、弁慶力試しの釘というのがある。
 義経が、ここに隠れていたころ、弁慶が病気にかかって、しばらく引き籠もっていたことがある。ようやく全快して、みずから力試しのために、指先で石に押し込んでみた釘だという。大きな鉄の頭が二つ、石面にすれすれになって見えている。
 神社の書院には、また「弁慶思案の間」というのがある。義経のことについて、智嚢をしぼったところだという。 (高田十郎)

弁慶思案の間
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