● 面塚 磯城郡川西村結崎
 糸井神社の前の宮前橋をわたって、
寺川堤を東へ二〇〇メートルばかり行くと、面塚がある。
 昔、この村に、結崎清次という能楽師があった。観世流の元祖である。
 ある年、京都で、能楽の御前演奏が開かれることになった。清次は糸井神社に日参して、観世流の名を汚さないように念願した。
 ある日、天から能面とねぎの一束とが降った夢をみた。夢に教えられてこの塚へきて見ると、やはり、事実そこに面とねぎとが落ちていた。
 清次はその面をかむって、御前演奏に出たが、首尾良くお賞めの言葉を頂戴した。面塚とは、これから付いた名であった。
 また、ねぎは土地に適しているので、結崎根深<ゆうざきねぶか>・唐院根深といわれて、大和国中にひろまった。 (乾健治)



面塚
● また(面塚)(磯城郡川西村結崎市場)
 この地に、昔、女神がおった。ある時、外国に出掛け、諸国を巡り、いざ帰国しようとしたが、女では帰国できないので、能の面を造り、これをかぶって男装となり帰国した。そのおり、急に空かき曇り、雷雨となった。村の人々はみな逃げて帰り、雨の晴れるのを待っていた。雨が晴れて野に出ると、能の面とねぎの一束が落ちていた。村人は、これは女神のオツゲであると信じ、ねぎを畑に栽培してみると、よくできた。それからねぎを一心につくり、市場の名産となった。面は祭って面塚としてこれを敬った。 (山田熊夫)


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