箱根神社
はこね
鎮座地 神奈川県足柄下郡箱根町元箱根
御祭神 瓊瓊杵尊、彦火火出見尊、
    木花咲耶姫命

 箱根神社は、かつて箱根権現または箱根三所権現と呼ばれ、奈良時代・天平宝字元年(757)、萬巻上人が霊夢により法躰・俗躰・女躰を感得した。これを三所権現と称して祀ったことに始まる。また社宝『箱根権現絵巻』には、天竺斯羅奈国・波羅奈国の姫君と王子らがわが国に来て、箱根三所・伊豆山二所両権現として示現したとする伝承を載せる。
『吾妻鏡』には、石橋山の合戦に敗れた源頼朝を権現別当が助けた記事がみえ、のちに征夷大将軍になった源頼朝は、妻政子と駆け落ちしてかくまわれた伊豆山権現(現在の伊豆山神社)とともに二所権現と称して深く信奉し、毎年のように参詣または奉幣使を立てたほどである。豊臣秀吉の小田原攻めの際に焼失したが、徳川家康の援助により再建された。鎌倉・室町期を通じ、関東の武家・将軍家をはじめ幕府御家人の尊崇を集め、特に将軍みずからの箱根・伊豆両所権現への参詣を「二所詣」といい、初代・頼朝にはじまり六代宗尊親王に至るまで、将軍家恒例行事として続けられた。

 江戸時代、幕府による東海道の整備、関所の設置にともない東西交通が活発になると、箱根権現は道中安全を願う人々で賑わい、庶民信仰の聖地に発展した。
明治元年(1868)神仏分離令により、権現号を廃し、箱根神社と改称した。
昭和三年、国幣小社に列す。
 例祭は八月一日で、その前日夕刻特殊神事湖水祭が行われる。龍神祭・御供納祭とも称し、萬巻上人が九頭龍の悪行を鎮めた故事に始まると伝える。
 ※ 詳細は箱根神社HPへ
箱根神社の摂社・末社へ
BACK