聖神社  
ひじり
鎮座地 大阪府和泉市王子町919 
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主祭神 聖の神
  信太郷の開拓神、大年神と伊怒比売《いのひめ》の御子神
配祀神 天照大御神
  太陽に表象された日本のご統治を
「日知り」《ひしり》といい「聖」の由来となった
  饒速日命 瓊瓊杵命
  木花開耶姫命 磐長姫命

 当神社は延喜式内社の旧社であって聖神を祭る。社は信太明神とも呼び、今から約一三〇〇年前、白鳳三年(西暦六七五年)八月十五日天武天皇の勅願により、国家鎮護の神として創建。
 和泉国五社のうち三ノ宮に位し皇族武家の信仰があつく、殊に後白河天皇の崇敬があつく、その奉納されたと伝える勅願が社宝として残っている。

 安産、子宝の神、又長寿の神として知られ参詣者の多い神社である。
本殿は、慶長九年(西暦一六〇四年)兵火に失われたのを豊臣秀頼が再建したもので桃山時代の特質を示す雄麗精緻な建築美を誇っている。
 なお本殿建造物は昭和十三年改体大修理され現在重要文化財に指定されている。

聖神社本殿
(昭和二十五年八月二十九日指定)
豊臣秀頼が片桐且元を奉行として再建し、屋根は桧皮葺、桁行三間、梁間三間の三間社入母屋造という神社建築様式で、桃山文化の粋を集めた極彩色の装飾が施された壮麗な社殿である。


本殿

「平岡神社」


大阪府指定有形文化財
聖神社末社平岡神社本殿
 昭和五十二年三月三十一日指定
 一間社春日造桧皮葺の社殿で慶長九年(一六〇一)から同十一年にかけて再建されたものと考えられている。
 小規模ながら重要文化財に指定されている聖神社末社三神社本殿、同滝神社本殿と同じ手法が随所にみられ、聖神社を構成する桃山時代の一連の遺構として重要である。
 平成十年三月 和泉市教育委員会
 【案内板より】
平岡神社
ご祭神 武甕槌命、経津主命
    天児屋根命、比売神

 末社三神社は、三間社春日造とよばれる全国的にも珍しい建築様式で、屋根は桧皮葺、正面三間、身舎側面二間の前面に一間通りの庇を設け、極彩色が施されている。元は東南部の神護寺「奥の院」に鎮座していたが、明治六年に現在地へ遷座。国指定重要文化財。

 末社瀧神社は三神社の北側に隣接、鎮座する社殿で、屋根は桧皮葺、正面一間、身舎側面一間の一間社春日造である。国指定重要文化財。

明治の神仏分離令に伴う廃仏毀釈により廃寺、上地令による境内地縮小に伴い信太山丘陵(現在の鶴山台、信太山自衛隊演習地を含む)に点在していた三神社、瀧神社などが境内末社として現在地にご鎮座された。


手前右側の「三神社」、奥の「瀧神社」
  末社 三神社
  ご祭神 保食神《うけもちがみ》
      天児屋根命、別雷神
  通称 奥宮、信太稲荷


  末社 瀧神社
  ご祭神 伊邪那岐命、伊邪那美命
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