川上山若宮八幡神社

御祭神 仁徳天皇
    磐之媛皇后

鎮座地 三重県津市美杉町川上

Google マップ(to:川上山若宮八幡神社)

 「川上山参拝の栞」によると 創建年代は明らかではないが、伊勢、伊賀、大和の国境に近く、社伝によればこの地方は昔わが国最初の東海道に沿い、大和宮廷から伊勢神宮への勅使往来の通路であったが、更に家城から奧の地は岩野の郷と称して、磐之媛皇后の鎮座地で、仁徳天皇はこの郷の開拓に努められた。そこで履中天皇の御代(西暦五世紀初)郷民が、仁徳天皇及び磐之媛皇后の御遺徳をお慕い申し上げる余り伊勢平野を見下ろす

修験業山の麓この川上の清地を選んで御社を設け、御二方の御魂を祀ったのが日本最古の当若宮八幡宮であると伝えるが、それ以前太古より、修験業山の自然の磐座たる高宮に鎮座する国津神、天津神、八百萬神を尊崇して来たとある。その後、伊勢の国の国司代々の祈願所となり、北畠氏は当社の加護を頼って隣村多気に居城を構え、奧城剣ヶ峰城の鎮護神として春秋の大祭には国司自ら参詣したとある。

境内にあるみそぎ修法の行われる
雲出川水源のみそぎ滝。
〜川上山若宮八幡宮にまつわる伝説〜
 ● 大谷刑部参拝
 レプラで苦しんだ大谷刑部(関ヶ原戦に名が出る)が、其の疾患を治す為、川上山八幡滝に浴して祈願をこめたと宮司は語っています。

 ● 若宮神話
 或る人が山越しに川上山八幡へ参拝に来ると、山中で、白髪でアゴヒゲ長い白装束の老人に出会いました。じっと見ているとマボロシの様に谷間に消えて行きました。それで不思議に思いながら参拝して帰ると、長の患いが拭ったように治って居りました。
● 大角力
 川上山に祈願して雨が降ったので、一志平野がうるおい豊作、其処で江戸大角力を奉納することになりました。交通不便でこられず、奥津前原(神社から北へ約5キロの場所)で、大角力を行った事があったということです。

● 若宮雨を降らす
 藤堂祐信の時夏ひでりで田は枯れ、山は青草倒れ、人々は暑さに苦しみました。
 藩主は郡奉行小南弥兵衛に川上若宮八幡に雨乞祈願をさせました。弥兵衛参拝して帰ると、途中既に大雨になりました。家来が雨具をすすめますと、これは神の恵の雨だから有り難いと言って、頭からびしょぬれで帰りました。藩主は神徳と弥兵衛の熱心を感謝して賞しました。

● 若宮の神秘
 奥津市場の某の妻女が真昼ふと山の方を見ると日が赤々と燃えていました。ああ火事だと驚くと、不思議に火は川上の方へ移動して行きました。
 不思議に思って火の後を追って汗だくで走りました。やっと火が消えたと思ったら若宮八幡の社前に着いていました。
 牛につられて善光寺参りと相通じていました。
又榊原の某女が日頃若宮さんを大変信じていました。或る晩、息子が油を沢山持って帰った夢を見ました。すると、戦争に行っていた息子が翌日灯油をびんにつめたのを提げて、ヒョッコリ帰りました。夢は正夢で、息子の隊には被服がなく分けて貰へなかったので油を分配されたとの事でありました。
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