頭之宮四方神社
こうべのみやよもう

別称 あたまの宮さん

ご祭神 唐橋中将光盛卿
    からはしちゅうじょうみつもりきょう
第五十代桓武天皇の後裔唐橋中将光盛卿の御神霊
鎮座地 三重県度会郡大紀町大内山村3314-2
Google マップ(to:頭之宮四方神社)

アクセス
【車】伊勢自動車道 勢和多気I.Cから尾鷲方面へ約40分国道42号線 大内山地内
【交通機関】三重交通南紀特急バス大内山下車北へ徒歩10分又は、JR紀勢本線 大内山駅から800m、徒歩10分。
 奥伊勢県立公園に位置、境内に唐子川が流れる。境内は清浄で、風光明媚。日本で唯一「頭之宮」と名付く神社である。境内を心地良い風が通り抜けていた。
 古くより「あたまの宮さん」として親しまれ、「頭之守護神・知恵之大神」として特に首より上部(頭・目・鼻・耳・口・喉・首)に関する諸祈願に霊験あらたかである。
 清涼な水が流れる「唐子川」
ご祭神の唐橋の「唐」と子供達の「子」から名付けられたと伝えられる。
 この神社のご祭神は桓武平氏の唐橋中将光盛卿である。中将は、この神社の傍らを流れる唐子川の奥の、岸壁が聳え立つ「中将倉」と呼ばれる高い山の上に城を構えていたという。


 社伝によると、あるとき村の子供達が、今は境内を流れる唐子川で遊んでいると、川上から髑髏が一つ流れて来るのを見つけた。子供達がそれを拾って遊んでいるところへ、ちょうど通り合わせたこの村の老人が子供達に向かって「不浄なものであるから」と髑髏を捨てさせて子供達を家へ帰らせた。
 すると突然、この老人は気が狂い始めて、大声で何事かを語り出した。
 「予は唐橋中将光盛卿なり。今此の辺りにて童子を相手に楽しく嬉戯しているにも拘わらず、汝来たりて予に向かって屈辱を加え遊びを妨げた。若し、予の髑髏を崇め祀らわば、汝の乱心を止め、萬民に幸福を与え、永く守護する。」と宣もうた。
 これだけ言い終わると、果たして老人の狂乱は治まったという。これを聞いた村人は畏れ、神殿を造り、その髑髏を祀ったという。以来、霊験あらたかなる事が度々あり、頭之守護神・知恵之大神と尊崇された。

鎮座の始めは建久二年(1191)に「頭部之宮」〈かうべのみや〉と称えていたが、宝永五年(1708)に再び御神託により「四方神社」と称し、「頭之宮四方神社」として現在に至っている。現在の社殿は、平成九年十一月一日に「平成の大造営」が完成したもの。
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