大神神社の摂社、末社
活日神社
いくひ

鎮座地 奈良県桜井市
      三輪活日川

御祭神 高橋活日命
 御本社より左手、祈祷殿の東側、山麓の高台におまつりされている。祟神天皇の御代召されて大神の掌酒(さかびと)となった高橋活日命を祭る。その当時、酒造り天下一の名人であったことにまちがいなく、杜氏さんとして、一番早く記録されている方であり、したがって酒屋さん、とりわけ酒づくりに取り組む杜氏さんたちの先祖とも仰がれ、いまも新酒の仕込みにかかる前、杜氏さん達が、丹波や丹後・但馬、北陸、中国筋から蔵入りする前にはこの社に参拝し、また春もたけなわの頃ともなれば、無事、百日勤めを終えてそれぞれ郷里へ帰る時、ふたたびお参りをされるのが習いになっている。

 御祭神活日命は、大物主命のお告げにより、一夜で良質の神酒を造られたと伝えられ、古図にも活日社と記さず、一夜酒之社と書かれている。土地の人もまた、一夜酒さんとよんでいる。明治初期の頃までは、この社の近くに酒殿が建っており、醸酒の道具も保存されていたといわれる。
 歴史の上で当社が酒の神としてもっとも有名になった由来について、『日本書紀』によると

「すなわち祟神天皇八年夏四月乙卯十六日、高橋邑の人、活日を以って大神の掌酒となし給ふ」とあり、「八年冬十二月乙卯二十日、天皇、大田田根子をもって大神を祭(いは)はしめ給ふ。是の日に活日、自ら神酒を挙(ささ)げて天皇に献り仍りて歌して曰さく、この神酒(みき)ならず大倭(やまと)なす大物主に 醸みし神酒 いくひさいくひさかく歌ひて神宮に宴したまふ。即ち宴竟(おわ)りて諸大夫など歌ひて曰はく、うま酒 みわのとのの 朝戸にも 出でて行かな 三輪のとのどをここにおいて天皇歌し曰はく、うまざけ 三輪のとのの あさとにも押しひらかね みわのとのどをすなわち神宮の門を開きて幸行(いでま)しぬ。いはゆる大田田根子は今の三輪君等の始祖なり」
 
 活日は酒の神の三輪大神に祈念し、その加護によって後世に名を残すほどの芳醇酒を醸したことをこの歌で表現している。この活日こそもっとも古くその名が現れた専門技術者であり、現在、杜氏の先祖として三輪の境内にまつられているのも当然としている。
 活日神社は、本社拝殿を頂点として三角形で結ばれる南台地に、天皇社として祟神天皇が、北の台地にこの活日神社がご鎮座になっている。
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