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水屋神社
みずや
鎮座地 三重県松阪市飯高町赤桶2507 MAPCODE 342 053 695
※JR松阪駅から三交バスで40分 飯南波線「向赤桶」下車すぐ

ご祭神 天照大神、龍神姫命、天兒屋根命、素盞鳴尊、菅原天神、蘇民将来、
    神宮皇后、櫛稲田姫命、譽田別尊、多紀理姫命、市杵島姫命、多岐津姫命、
    武内宿禰、豐玉姫命、大山祇神、宇賀之御魂神、迦具土神、乙加豆知命ほか


境内社 大楠社、祖霊社
 礫石(つぶていし)
 『昔のこと、天照大神が白馬に乗って珍峠(めずらしとうげ)にさしかかり、国境を尋ねると、天児屋根命があらわれ、「この下の堺ケ瀬が伊勢と大和の国境」と答えた。大神は、「この境は疑わしい。」と言い、大石を川の中に投げ入れ、波のとどまる所で決めることにした。 <br>  そしてそばにあった大石を礫のように投げ入れると、川の水は巨大な水柱をなり、にわかに滝のように落下した。そこで、このあたりを滝野の里と名付けた。勢いよく川上に逆流していった。その波の変化した様子から、それぞれの地名を加波の里、波瀬の里、舟戸の里と呼ぶようになった。さらに激しい勢いで逆流していった波は高見山に達した。この日より高見山を伊勢と大和の国境と決めた。
それから、この大石を礫石と呼ぶようになった。』との言い伝えがある。
(礫石は櫛田川内の自然石)[写真:礫石] 
里人は今もこの巨石を「礫石(つぶていし)」、またその付近を「堺が瀬」と呼んで慕っている。柳田国男はその著書「日本の伝説」のなかでこの話を取り上げている。
   
 水屋神社は、神社名(水屋神社)・所在地(赤桶)・ 特種神事(水取り)・祭神(龍神姫)などすべてにわたって水との関係があり、水屋神社から西方約700mのところには「閼伽桶(あかおけ)の井」がある。

 旧記・古文書の類にはこの「閼伽桶の井」の神水を二振の桶に汲み、貞観元年(859年)十一月九日より春日大社への奉納を始め、天正五年(1577年)の兵乱で中絶したとあるが、その後も奉納され続け、今日のように賑々しく祭事が取り行われるようになったのは皇紀二六〇〇年(昭和15年)の奉祝を契機としている。
[写真:閼伽桶の井]
 水屋神社の西方約七〇〇メートルのところに「閼伽桶(あかおけ)の井」があり、清和天皇の貞観元年(八五九)一一月九日より此処から春日大社に水送りし、正月暦をったと言われています。天正五年(一五七七)の兵乱で一旦途絶しましたが、その後も神水は本社へ奉納されてきました。現在では、諸願成就、商売繁盛等の霊水として毎年七月三一日の祇園宵宮に、二振りの赤桶を載せた水御輿が閼伽桶の井から本社へ渡御されています。
 水屋神社の境内には、表情豊かな御神木がたくさんありました。左から「水屋の大楠」と呼ばれる楠。天然記念物に指定されており、樹齢千年。高さは35mあり、根回りが29mもあるそうです。春日さま、お稲荷さまをお祀りされています。まん中の写真は椋の木。右が夫婦杉。
 ほかにも鹿子の木・大榊など、どれも個性的で素敵な表情でした。
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