篠畑神社
ささはた


御祭神 天照皇大神
境内社 市杵島姫命、篠畑姫神

鎮座地 奈良県宇陀市榛原区山辺三2235

    

 伊勢街道の北方の宮山山麓に鎮座する。創立の年代は詳らかではないが『日本書紀』巻第六垂仁天皇紀二十五年三月の丁亥の朔の条に「天照大神を豊鋤入姫命より離ちまつりて、倭姫命に託(つ)けたまふ。爰に倭姫命、大神を鎮め坐させむ処を求めて、菟田の篠畑に詣る。篠、此をば佐佐と云ふ」とあり、「更に還りて近江国に入りて、東、美濃を廻りて、伊勢国に到る」とある。
 『大和志』には「山辺村、屬邑篠畑ニ在リ、天照大神ヲ鎮座ノ処ヲ求メテ菟田、篠畑ニ詣ズ即此」とある。『皇太神宮儀式帳』には宇太の阿貴宮(現大宇陀町迫間(はざま)にある阿紀の宮)からこの宮へ遷座の節、大和国国造から神田として神戸を献上したともある。
 昭和年間までは境内に樹齢五百年以上の老杉が点在していた。相次ぐ落雷により枯損し止むなく伐採除去されたが、相当古くから元伊勢として祀られていた。当社の西方約1kmの丘陵上に、今拝石(おがみ石)と称し、後方に大神との地名があるが、往古ここから当社を伏拝(ふせがみ)した古代信仰の伝承地とみられる。当社前下方の水田を油田と称するが、往古以来当社の油料を奉納のための水田であったという。
 市杵島姫命が祀られているとのことであるが、相殿に倭姫命が天照大神の神霊遷座の際、ご援助申し上げた当地方の篠畑姫神が祀られている。「倭姫世紀」によると、佐佐波多が門に童女が参り「汝は誰か」と尋ねられたところ「汝(いまし)は天見通命(あめのみとおしのみこと)の孫、八佐加支刀部の子宇多の大宇禰奈(おおうねな)と申します。」と答え御供に仕え…とあり、また「皇太神宮儀式帳」によると、この童女滝原宮において笹を刈り宮地を整えたとの記事があることから、皇太神宮御鎮座二千年の祝賀に合わせ、童女宇多の大宇禰奈を篠畑姫神とたたえ合祀した。
【秋祭りの神幸祭】
10月体育の日に執り行われる。頭屋から奉斎の神饌は、二合餅を半分切りにして盛り、野菜は大根の輪切り、つるし柿、ざくろ、栗その他を二盛りにして供える。創祀以来の風習かと思うが、稚児七人がそれぞれ頭上にのせて神前に運び奉斎する。神饌の餅は千本搗でつくる。
[図:篠畑神社パンフより転写]

 稚児七人が頭上に神饌をのせて、神前に運んでくる様は、当地に伝わる童女篠畑姫神のお働きに関連するものだろうか。
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