神武天皇から九代の間は、神と天皇が皇居の中にいっしょにお奉りされる同殿同床でした。
 十代目の崇神天皇・六年のときに神慮を畏み、倭笠縫邑[やまとかさぬいむら]にうつして、皇女豊鍬入姫命が奉斎することとなり、同五十八年に御室嶺上宮[みむろのみねのうえのみや]を奉斎地と定めて終わりました。
 それから二年後、自らの役目を姪[いもうと]である皇女倭姫命に託し
御杖として、天照大神を奉らせました。倭姫命は天照大神の鎮まるべきところを求めて、各地を巡幸し、伊勢国に辿り着き

「この神風の伊勢の国は常世の浪の重浪よする国なり。
     傍国のうまし国なり。この国に居らむと思う」


との神慮を得て、五十鈴の川上に鎮座されたのが内宮のはじまりとされています。

豊鍬入姫命、倭姫命御巡幸歴

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