氷室神社
ひむろ

鎮座地 奈良県奈良市春日野町1-4

ご祭神 闘鶏稲置大山主命
    大鷦鷯命
    額田大仲彦命


● 氷室祭と御祭<おんまつり>の天気
● 又
 一の鳥居は、登大路に面している。
鳥居をくぐると境内はとても広く、両側に石燈籠が並び、手水舎がある。石段を登ると楼門と東西御廊がある。この三棟は棟札とともに奈良県文化財に指定されている。楼門は棟札によって江戸時代初期の寛永十九年(1642)に修理されたことが記されている。
 氷室神社の縁起について、「氷室神社縁起」に記されているが、『続日本紀』や『元要記』にも散見する。
 氷室神社は元明天皇和銅三年に、吉城川の上流月日磐[写真右]に氷室を奉祀し、これを吉城川氷室、春日氷室、水谷・氷室などと称し、厳寒に結氷させたのを氷室に貯え翌年に平城京へ献氷する慣わしであった。勅祭による献氷祭が執り行われていた。現在地に移ったのは平安遷都後貞観二年(860)のことである。社殿が建立されたのは、健保五年(1217)とされている。『日本書紀』仁徳天皇六十二年の条に、皇子が闘鶏の稲置大山王から氷室のことを聞き、皇子は氷を持ち帰り、御所に献じたことが見えるが、奈良時代には諸国に氷室が置かれた。(※ 天理市氷室神社)春日の氷室はその中で重要な意味をもつもので、やがて現在の氷室神社に移ったものである。
 拝殿は、勾欄付きで舞楽殿になっている。毎年五月一日に献氷祭を行っている。この日は神前に花氷や鯛や結氷などの花氷三基と氷柱六基を捧げ、祭典には舞楽四曲が舞楽殿で奏せられる。神社の宝物中に、木造舞楽面・陵王面一面(鎌倉時代の作・重要文化財)などがある。

 本殿は三間社流造・桧皮葺。床下に二室を設け、両開き板戸をつけている。江戸時代末期ごろの造営で本殿も県指定文化財になっている。


 境内社は、舞光社[写真右]と手水舎の前方にある祓戸社(住吉社)と祖霊社(氏子祖先霊などをまつる)は、明治十年に認可、九月二十一日に祖霊を勧請した。明治二十二年西南戦争英霊を祀る。写真の舞光社(狛光高霊)は一間社春日造で、楽人たちの氏神とされている。
 境内社はこのほか、明治二十四年の「神社明細帳」によると摂社下殿坐高橋神社(酒弥豆彦命・酒弥豆姫命)十七所神社、菅原神社(菅原道真)が記されているが、現在は本社に合祀されているという。
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