南宮大神社
なんぐうおお
鎮座地 三重県亀山市太森町
御祭神 金山毘古命

南宮大神社のゆわれ
一、主祭神 金山毘古命(火の神)
明治三十一年十月二日 南宮野より移転

二、合祀の祠社・神々
若宮八幡(本宮祭神の子を祀る)息長帯比売命
明治三十一年南宮野より移転

流ノ宮神明社・天王祠・八王寺祠    天照大御神
明治四十一年二月十五日流ノ宮より移転 須佐之男尊と
                   その五男三女

天白祠(穀物の守護神を祀る)     大年之神
昔より現在地に在り          (須佐之男命の子)

稲荷祠(福の神)           宇迦之御魂神
明治四十一年二月十五日太田一、三五二番地より移転

山之神二社(山を守り掌る神)     大山津見神
明治四十一年二月十五日        木花咲耶比売命
六地蔵北?、?三昧場南上より移転

愛宕祠(雷神。防火之神を祀る)    火之加具土神
明治四十一年 愛宕山(現パイロット水道タンク東)より移転

三、神主 藤原(伊藤)重明

四、当社のゆわれ
当神社は、元弘年中(後醍醐天皇の御代)より峯城
関家の奉祀した神社でご神躰は美濃(岐阜県)の南宮大明神の御分霊である。
 天正年中(正親町天皇の時代ー織田信長が勢力を得る)に関家は衰えたが、その子孫は代々太田村の当社を産土神として尊崇していた。
 その後信長の家来豊臣秀吉が当村(万所)に本陣を置き四方より峯城を攻め遂に城を陥れた、明治時代になり国の方針として神社合祀が進められたが太田区では部落内の小社を合祀するに止め本社は従来どおり南宮大神社として区民の尊崇の中心として当日に及んでいる。

【案内板より】
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