大神神社の摂社、末社
狭井坐大神荒魂神社
さいにますおおみわのあらみたま

通称 狭井神社
   
さい

鎮座地 奈良県桜井市三輪字狭井

御祭神 大神荒魂神・大物主神
    媛蹈鞴五十鈴姫命
    勢夜多々良姫命
    事代主神
 大神神社境内の御本社より左手、狭井神社参道も「山辺の道」。この参道を300mほど行くと鳥居が建ち、鎮め池が広がる。ここで山辺の道と分れる。山辺の道はそのまま池の西側を直進するが、狭井神社の砂利道はゆるく東へ曲がる。この社は垂仁天皇の御代、渟名城稚姫命が勅命を奉じて創祀したもので、古来、鎮花祭の執り行われる名社として由緒深い。ふつうは狭井神社といわれているが、花鎮社[けちん](華鎮社とも書く)ともいい、地元の人たちはシズミさんと呼び馴れている。

 「大宝神祇令」に、季春(三月)鎮花祭とあり、その義解に「大神・狭井の二祭なり。春花飛散の時において、疫神分散して癘を行ふ。その鎮遏のために必ずこの祭あり。故に鎮花といふ」とあるので、大神荒魂神の神格が明らかである。この神が疫神であると同時に鎮疫神ということになり、このため疫病鎮圧を祈ることとなる。(式内社調査報告書)
 四月十八日は鎮花祭で当日は大神神社と当社で祭典があり、特に忍冬.百合根などの薬草が供えられる。

 拝殿にそって左側奥へ廻ると、清水のこんこんと湧き出る井戸がある。この井戸は、古くから「薬井戸」と呼ばれている。お山から湧き出ているこの水を呑めば諸病から救われると、病床にある人のために汲んで帰る人が多い。そのほか、狭井のお神水(こうずい)として酒屋さん、地元素麺屋さんなど、それぞれに製品のつくりはじめには必ずこのお水を欠かさずにいただいて帰るという熱心な人たちも多い。
摂社 高宮神社
    こうのみや

鎮座地 桜井市字神峰 

御祭神 日向御子神


 狭井神社境内の右手に三輪山への登拝口がある。
頂上には、高宮神社が鎮座し、奥津磐座の聖域がある。

 三輪山は、全山を「御留山」といわれ、山中に足を踏み入れることを恐れ、かつきびしい掟で守ってきた江戸時代でも、特別の際には頂上の高宮神社登拝が許されている。
 郷中に旱魃が続き、どうにもならない極限に迫られたとき、神主・社家は、厳重な参籠を行い斎戒沐浴の上で、高宮神社に登拝し、祈雨祭を奉仕している慣例がある。
 今日では信仰上、登拝を願い出る人には住所・氏名、入山時間(入山・下山時刻)性別を記録し、狭井神社登拝口において修祓の上、木綿襷を肩に掛けて登拝することを許されている。往復ともに指定された一本の道を上下する以外は許されておらず、とくに禁足地域へは絶対に立ち入ることを禁じている。

 三輪山の頂上、いわゆる高峰(あるいは、神峰とも書く)に鎮座、御祭神は大物主神の御子、日向御子神である。本殿は小さな池の中にあり、古来、旱魃の時には郷中の氏子が登拝し、降雨を祈れば必ず霊験ありとされている。これは『日本霊異記』にも出ている雨を支配する竜神信仰が生き継がれているといえるが、今日でも旱魃時は神職参籠の上、登拝して祈雨祭をおこなうときがある。また元旦の繞道祭にさきがけて大晦日には神職が登拝し、御神火拝戴の儀がこの社で行われる。社殿の北やや東の方50mには壮大なる奥津磐座の聖域がある。
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