作桜神社
さくら

鎮座地 岡山県津山市神戸(じんご)432

ご祭神 後醍醐天皇・児島高徳公
 明治二年十一月二十七日創建(旧社格県社)元弘二年(1332)北条幕府のために隠岐に流される途中の後醍醐天皇がこの地にお宿りになり、児島備後三郎高徳が桜の幹を削って
「天勾践を空しうする莫れ、時に范蠡無きにしも非ず」
 
と記して、天皇をお慰めした故事により、貞享五年(1688)津山藩森家の執政長尾勝明が顕彰碑を建て、のち、松平家の家臣道家大門らの努力によって神社が鎮祭された。
摂社
護桜神社
ごおう

ご祭神 長尾勝明命
    ながおかつあきのみこと
    津山藩森家の老臣
    院庄故事顕彰の功労者
    道家大門公
    どうけひろかどのみこと
    津山藩松平家の家臣
    作桜神社創建の功労者
 院庄故事の顕彰や作桜神社の創建・護 特に功労のあった方々をお祀りしている。
 社殿は、旧本殿(明治二年)を転用している。境内地は、約一万坪、鎌倉時代の守護職の館であった。大将十一年、「院庄館跡、児島高徳伝説地」として国指定の史蹟となった。
社宝の太刀(※銘、来国行)は、国指定の重要文化財である。

 ※らい‐くにゆき【来国行】
 鎌倉中期の刀工。山城の来派の刀工国吉の子で来太郎といい、名工といわれた。
 (広辞苑より)
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