桜木神社
さくらぎ

鎮座地 奈良県吉野郡吉野町
     喜佐谷字トチサ423

ご祭神 大穴牟知命
    少彦名命
    天武天皇

● 桜木明神
 象(きさ)の小川(喜佐谷川)の畔に鎮座する。
桜木宮は名勝として名高い。

旧村社であるが、創祀・由緒は不詳である。

〜喜佐谷川の畔に立つ看板より〜

 桜木神社
万葉の香り高い象(きさ)の小川のほとりに鎮まるこの神社は、大己貴命・少彦名命、それに天武天皇をお祀りしています。大己貴命・少彦名命は、古くから医薬の神としての信仰があつく、特に初代紀伊藩主大納言徳川頼信公は、たびたび病気平癒を祈願しています。
 天武天皇がまだ大海人皇子といわれていたころ、天智天皇の近江の都を去って吉野に身を隠しましたが、あるとき天皇の子、大友皇子の兵に攻められ、かたわらの大きな桜の木に身をひそめて、危うく難を逃れたいう伝説があります。のち大海人皇子は勝利を得て(壬申の乱・六七二)明日香の浄見原に都を定めて、天武天皇となられたのです。
 このあと吉野の宮(宮滝)に行幸されると、篤くこの宮を敬われ、天皇なきあとは、ゆかり深い桜木神社へお祀りしたと伝えられています。
 皆人の恋ふるみ吉野今日見ればうべも恋ひけり山川清み
と万葉集にもあるように、そのかみの大宮人は、吉野川を舟競い、あるときは草摘みに、又あるときは神に祈るため、この辺りへもたびたび歩を運んだことでしょう、そう思うだけでもこの辺りのたたずまいは、万葉の抒情がそくそくとせまって来るではありませんか。
 吉野町観光課
 神殿は石段上に権現造三間社、朱塗に極彩色を施している。神門を立て玉垣で囲まれている。

 本殿前石段の左右に延享五年・安政三年・明治四十一年・文化四年のものが一対・宝暦十四年の六基の石灯籠が並ぶ。
 古来医薬の神・疱瘡神と信仰され、かつてその治癒御礼に寄進された寛永十一年(1634)銘の湯釜があり、また高取藩主植村氏も石灯籠を寄進している。
 末社に稲荷神社があり、倉稲魂命・奥津彦命・奥津姫命をお祀りする。

 例年は四月二十一日で会式と称し、神楽舞はじめ奉納角撲などがある。
 『和州巡覧記』に
「桜木宮滝より五町ばかり、芳野へ帰る道側也。左の橋を越えて行けば小山有り。
林あり。其内に小社あり。是桜木の宮なり、其前に流るゝ水を象の小川と云ふ。名所也」とある。
 昔と変わらず、今も象の小川は冷たくて奇麗な水が流れています。
 小さな橋の上から象の小川を眺めると、その澄んだ水に心も洗われるようで、桜木のお宮さんにお参り出来てよかったなと思いましたよ。
 桜の頃、新緑の季節、また紅葉の時期に雪の風景と一年を通して、何度も足を運んでみたいお宮さんです。
BACK