白山比咩神社
しらやまひめ
ご祭神

伊弉諾神
白山比咩大神(菊理媛神)
伊弉冉神

鎮座地 石川県白山市
  三宮町ニー105ー1
 
アクセス 金沢市内からは、北陸鉄道「野町駅」より終点「鶴来駅」にて下車バスに乗り換えて
「加賀一の宮バス停」にて下車、徒歩10分。

 当社は、遠く神代の昔、霊峰白山を神体山として、生きとし生けるものの「いのちの親神」と仰ぐ白山比咩大神を奉斎したことに始まり、その創建は遠く崇神天皇七年(前九一)と伝えられる。当初の鎮座地は、現鎮座地の北方約1キロメートルの舟盛山々頂であるといわれている。その後、応神天皇二十八年(二九七)手取川畔に遷られ、さらに元正天皇霊亀二年(七一六)東南の安久濤《あくど》の森に遷座された。

 養老元年(七一七)奥宮の開基といわれる越前の僧泰澄がはじめて霊峰白山に登拝してから後は、朝野の信仰ますます篤く、修験道場として隆盛を極め、「加賀馬場」の本宮として、「白山衆徒三千を数う」と称せられた。
 白山の頂上に奥宮が奉祀されたのは養老二年である。これより先、泰澄は「まだ誰も登らぬ雪の峰白山には必ず霊神あらん、我登拝して顕応を乞わん」と志していた。元正天皇霊亀二年、船岡山妙方窟に籠もって祈念を凝らすと、紫雲の中に色相荘厳の貴女を拝した。そして「我林淵に住み、和光同塵の跡を示すは、濁穢不浄の輩を済度する為である。我が本地真身を拝せんとならば、本地は白山頂上にある。流れを遡り源を尋ねて往いて拝せよ」との霊感を蒙った。時に養老元年四月一日、泰澄は三十六歳であった。同年六月十八日、はじめて登頂、転法輪窟《てんぽうりんのいわや》において二十一日間の祈念加持を凝らした後、翠ヶ池のほとりで本地の真身を拝した。


 古来「下白山」《しもしらやま》と称せられた本社は、霊峰白山のまつりのにわとして設けられた「白山本宮」で、全国に三千有余を数える白山神社の総本社であり、「白山さん」としてあまねく親しまれている北陸鎮護の大社である。

 ご本殿は銅板葺流造。また幣殿、拝殿、斎館、社務所、参集殿、宝物館などがある。
 このほか、白山頂上には奥宮、祈祷殿、社務所、参籠殿等がある。
 本宮境内には約一万六千坪、また白山国立公園の中心部を占める白山奥宮境内は約五一三万坪である。


荒御前神社

 境内には、樹齢五百年から千年を数える大杉や古欅《けやき》が数多く繁茂する。

白山奥宮遙拝所
 霊峰白山は、御前峯・大汝《おおなんじ》峯・別山《べつざん》の三峯から成り立っている。白山奥宮は最高峯の御前峯頂上に祀られ、全国三千余の白山神社の総本社として仰がれるおやしろである。白山本宮の境内1,693ヘクタールの地域は、古来白山比咩大神の御神体として尊崇され、霊峰白山は富士山・立山と竝んで日本の三名山としてあまねく知られている。
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