杉谷神社
すぎたに

旧郷社
御祭神 大江氏の氏神

鎮座地 三重県名張市大屋戸62
MAPCODE 131 161 741
 中世名張郡最大の豪族大江氏の氏神とされる杉谷神社は、木造桧皮葺で三間社(三間柱の社)入母屋造りで、向拝正面に軒唐破風を設けています。各所に透かし彫りの蟇股を設け板支輪にも彫刻を施すなど、華麗な桃山様式を象徴する造りになっています。慶長一七年(一六一二年)の棟札などから、桃山時代に建立した社殿を宝永年間に改修したことが窺えます。

紙本着色北野天神縁起 三巻
県有形文化財(絵画)指定
菅原道真をまつる北野天満宮の縁起絵巻です。
優れた才能を持ち異例の出世をする道真が、中傷により太宰府に左遷されて死亡し、その後に怨霊となって猛威をふるい、やがて北野天満宮にまつられる理由と、天神の霊験利益の数々が描かれています。奥書によると、杉谷神社に所蔵されていた絵巻が散逸したため、応永二六年(一四一九年)に急造したとあります。紙は粗末で画も粗雑ですが、詞書は流麗な筆跡で書かれています。
 室町時代の応永年間、この神社が所蔵していた「北野天神縁起」が散失したので山口八郎が複製して奉納したということからもわかるように、杉谷神社は古くから天神社として知られている。『三国地誌』も「天満社。春日神・天照神同殿。按ずるに杉谷天神とも云う」と書いて、あたかもこの神社が天神祭祀が主体であるかのようにいっている。
 しかし、天神(菅原道真)は後の併祀であって、起源的には平安時代後期から鎌倉時代にかけて名張郡きっての豪族大江氏が、始祖天之穂日命をまつる氏神として創建したもの、と著者は推定している。菅原氏もまた天之穂日命を祖としているので、天神の併祀は祭神としては内部関連があるわけだ。

 祭礼
 郷社という伝統的な性格と合祀後の村氏神という二重の性格からして祭も二種類に分かれる。後者の例祭は10月20日、これはふつうの秋祭である。
前者の祭は「ずぐし祭」という通称で12月8日おこなわれる。「ずぐし祭」→「熟柿(じゅくし)祭り」と呼ばれる。関係地区から世話人が参加して執行している。古例によって参詣者に熟した富士柿に梅の造花をそえた籠を授与する。「ずぐし祭」の名称の由来について、「ずぐし」は本来「筑紫」であり、筑紫に流された菅原道真をまつる「筑紫祭」がズグシに転訛したと説く人もいる。
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