熊野奥之宮 玉置神社 たまき

鎮座地 奈良県吉野郡十津川村

玉置山の頂上(1078m)近くに鎮座。

ご祭神 国常立命・伊弉諾命
    伊弉冉尊・天照大神
    神倭磐余彦命
    かむやまといわれびこのみこと
玉置神社 本殿
 創紀は明らかではありませんが「玉置山縁起」は、熊野本宮と同じく、崇神天皇創紀と伝えられ、景行天皇が玉置神社への行幸の折りに熊野新宮創紀とあり、熊野と玉置神社の関係を物語る伝承として、注目されています。
 玉置神社は大峰七十五靡(なびき)十番の行所であり、また古来より十津川郷の総鎮守でした。神仏習合の社として、明治以前は京都聖護院の配下で、山中に七坊十五ヵ寺を備えた修験道場として、社僧が住んでいたそうです。
樹齢3000年の神代杉  境内の杉の巨木は県の天然記念物で、樹齢三千年を数える神代杉や常立杉・磐余杉など樹高30m〜50mに及んでそそり立っています。
 今回は、玉置山の石楠花祭り(五月十日から十六日まで)の間に登拝することができました。新緑がいっぱいで、清々しいお山の息吹を感じることが出来て、とっても気持ちが良かったです。お祭り三日目の柴燈護摩奉納にあわせて出かけたのですが、着いたのが十一時ちょっと前で、はじまるのは十一時から。いつもは空いている駐車場も、この日は満杯状態。駐車するのに手間取ってしまい、慌てて神社の方へと参りました。
柴燈大護摩「柴燈大護摩秘法奉納」

 神社本殿の神庭に四方に竹を立てて、注連縄が張った結界の中に護摩壇が設えてありました。ようやく着いた頃には、ちょうど山伏問答がはじまっていて、気合いの入った山伏の声が、響いてました。
 問答の後、四方と中央と最後に鬼門へ 矢が射られて、魔を祓う作法の法弓(ほうきゅう)が、行われました。
 矢が飛ぶ瞬間みな一斉に「おぉっ!」

 その後、法剣・斧・閼伽と一連の作法があって最後に法螺貝が吹かれて、護摩壇に火が入れられました。読経の大合唱(?)のなか、次々と護摩木が焼べられ、約1時間ほどで終了でした。
  大峰七十五靡(おおみねななじゅうごなびき)
 奈良県の吉野山から和歌山県の熊野までの約50kmにわたって連なる山系を総称して、大峰山と呼びます。主要な峰に、大天井ヶ岳、山上ヶ岳、稲村ヶ岳、龍ヶ岳、大普賢岳、国見岳、行者還岳、弥山、仏経ヶ岳(八経ヶ岳)、明星ヶ岳、七面山、仏生岳、釈迦ヶ岳、大日岳、地蔵岳、行仙岳、笠捨山、玉置山があります。

 修験道の開祖、役行者はここを修行の地と定め、千日に及ぶ厳しい苦行の末、金峰山で、金剛蔵王権現を感得したと伝えられています。この由緒により、修験道の第一の根本道場として、重きを置かれてきました。七十五靡は、この大峰山系縦走「大峰奥駆け」の75ヶ所ある、宿泊所(休憩所兼行場)です。
(山上ヶ岳は、現在も女人禁制となっています)

◆本山派【役行者】は、順の峰入り(熊野から大峰へ)
◆当山派【理源大師】は、逆の峰入り(大峰から熊野へ)
 
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