太刀ヶ谷神社
たちがたに

鎮座地 和歌山県西牟婁郡白浜町

ご祭神 不詳

 入り江になっている近大魚類養殖試験場の側に「太刀ヶ谷神社参道」の石柱が建つ。ここから徒歩で養殖場沿いに進むこともできるが、霊泉橋東側から橋を渡らずに左折して、太刀ヶ谷地蔵堂に向かうとお宮さんへの近道だ。
 入り江参道の方から進んで行けば、海食岩陰がお堂になっている「首越峠地蔵」がお祭りされている。このお地蔵さんは、昔、太刀ヶ谷神社(元宮)側の、旧道の首越峠に祭られていた。
 以前、このお地蔵さんを、太刀ヶ谷地蔵堂に安置しようとしたところ、北向きに祭られていたので、地蔵堂に安置することが出来ず、北向きにして現在地にお祭りされているという。現在、首越峠地蔵からすぐ先の入り江参道を抜けた所に、太刀ヶ谷地蔵堂がある。
 太刀ヶ谷神社には下記の口伝がある。
 昔神武天皇東征の道すがら、その舟師が室の江すなわち田辺湾に投錨したとき、湾岸の丘に太刀を埋めさせて戦捷を祈ったので、丘を太刀ヶ谷(のち立ヶ谷と略記)と呼び、その太刀を埋めたところにのち小祠を建てたのが太刀ヶ谷神社のおこりだという。はじめは旧道の側(首越峠の近く)にあったが、いつのころからか神社の尊厳を欠くというので現在地に移転したものではじめの小祠跡は「元宮」と呼ばれている。
 【太刀ヶ谷神社の祭礼】
 九月一日(旧暦八月一日)は、「太刀ヶ谷神社」の祭礼で土地の人々は「太刀ヶ谷の字(あざ)祭り」と呼んでいる。獅子神楽等を奉納することはせず、代々地区民あげての「お食い行事」の習慣である。宵祭りと本祭りの二日間、氏子全員、老若男女、子供に至るまで当屋(宿)に集まり、手作りの料理にてお祝いする。(現在は一軒に一人が代表となって参加する)その間自分の家では一切食事の用意はしないで、当屋において食べ放題、飲み放題にて酒盛りする。
 祭礼の行事の中でも「オシトギさん」といって、両親のそろった 若者たちにより、石臼に水洗いした「カセタ」米を草履きで、杵を使い無言でつき「オシトギ餅」をつくり、重ね鏡餅として重箱に入れ神前に供える。その際、オシトギさんといっしょに「貴方の御膳」(代々古くから伝わる容器に盛った特別料理)も太刀ヶ谷神社にお供えするという。
厳粛な行事も行われ、氏子一同地区の守護神に、家内安全、無病息災を祈願して、年に一度の食い放題にて酒盛りをし、地区民全員の親睦をいっそう深めるのである。また食後には必ずお供えしてあった「オシトギ餅」を、小切りにしておつゆに入れて食べる風習となっている。これを食べると、この一年間は無病息災であるといわれている。


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