※つけもんとは、漬け物ではなく此処では「憑物」のことを指しています。

人間にある霊物が憑くという考え方は、古今東西を問わずどこにでもまたいつの時代にでも、いわれてきた迷信(?)です。
憑くという霊物には種類が色々あるようで、鬼神の霊もあれば人間の霊もあり人間の霊の憑くものは大抵死霊・亡霊であって肉体を失った霊魂が、なお落ち着くところに落ち着くことが出来ず、中有をさ迷っている場合に起こる現象ですが、中には肉体を持って、私たちと同じこの世の中に生存している人間の生霊がその肉体から離れて第三者に憑くと信じられている場合もあります。或いは人間以外の動物、例えば狐、狸、蛇、犬、猫、猪などの霊をはじめとしてわけのわからない外道?(げどう・イタチに似てやや小さいもの?)とか、木精(こだま・精霊のようなもの?)みたいなものまでが、直接やって来て人間に憑くこともあれば、或いはこれらのものを誰かが使って、その人のために他の誰かに憑くという場合もあるらしいのです。
このような霊物が身に憑いたとき、その人は人間以上の能力を得ることが出来ると信じられている場合もありますが、大抵はそのためにいろんな病気に悩まされたり災難が降りかかって来たりして、苦しむことになると考えられているようです。

 憑依現象一般のうち、とくに動物の霊や生霊・死霊などの人間霊がとりつき、人間生活に不安や嫌悪の気持ちを起こさせ、社会的緊張の原因となるような現象またはその憑依物を「憑物」といいますが、憑物には一時的に個人につく「憑き」と、憑きの状態が親族や家系に継承される「持ち」とがあります。憑依動物の代表的なものは狐と犬神で、狐は人狐(にんこ)・飯綱(いづな)・おさき・くだなど種々の名称をもって広く分布しています。そのほか蛇・狸・猫・河童など種類が多く、地方的なものもあります。「持ち」は特定の家に飼育されるものと信じられている例が多く、甕の中に七十五匹飼っているなどといいます。これが主人の命令や、自発的に出かけて富を得るようにしむけます。だから「持ち」の家は財産家になったのだなどと言われています。
 憑物を落とすには祈祷師に落としてもらうのがふつうで、松葉いぶしや体に苦痛を与えるなど、社会問題としてとりあげられるような方法も多く、憑物現象そのものは生理的・精神病理的な現象ですが、それを憑物のためだと判定するのも実はそれら祈祷者たちである場合が多いのです。

● 狐 飯綱(いづな) 飯綱すなわち管狐は、イタチ科の二十日鼠ぐらいの小動物で、尾は管を二つに割ったようだといわれる。狐使いの飯綱法を行う験者(修験道の行者)は、この狐を懐にして法術を行った。この狐が耳のところへ来て、人の過去や未来を告げるのだといわれ、験者には見えるが他の人には見えず、ただ狐の臭いがするだけであったという。

● オサキ 霊威ある神の使令をオサキ(御先)、ミサキと称し、多く動物がその使徒となるが、北関東、特に両毛・秩父地方では、人に憑く狐のことをオサキと呼んでいる。信州の管狐が尾崎村に入ったからとか、尾が裂けているからというが、これに憑かれると急に家が富み栄える。オサキ狐はの憑いた家・個人をオサキ屋、オサキ持ちとして恐れ、その家の娘が嫁入る時は、オサキ狐もついていくとされ、社会的緊張を引き起こした。

● 犬神 人の体に憑依すると信じられている犬の霊。臨時に突発的に憑依する犬神憑きの現象と、家系にともなって伝承相続すると信じられている犬神持ちの現象とがある。犬神は精神的・肉体的な空虚に乗じて乗り移るものであり、急速に財産や地位を得た人に対する嫉妬の感情にも支えられているもののようである。犬神持ちの家系は婚姻の障害となり、社会問題にもなっている。犬神の由来に関しては、犬をしばりつけておいて眼前に食物を置き、食べたい欲望を集中させて首を斬り落しそれを祀ったのが始まりであるとか、悪い犬がいて困るので海中の岩に置き去りにした。その犬が鳴き死んだのが人にたたるのだ、などの由来譚がある。

● もののけ 憑物現象の一。怨霊ともいう。霊の病気の意から、それをひきおこす凶悪な霊の意に転じた。
恨み憎しみなどの感情にもとづき、死者の霊が他人につく場合(死霊)と、生きている人の霊が他に乗り移る場合(生霊)とがある。『源氏物語』で六条の御息処(みやすどころ)の生霊が葵の上の臨月の衰弱につけこんで苦しめた話や、河原院で源氏と夕顔とが泊った夜、その屋敷のモノノケが出て夕顔をとり殺した話は有名であり、『北野縁起』に見える菅公の死霊が藤原時平にとりついてもだえ死なせたのは怨霊に近い。モノノケ現象は古代以前から近代におよぶ霊魂の憑依現象であるが、いわゆるモノノケは平安時代の貴族の間にはびこり、社会病というほどのものになっていた。


つけもん体験とふしぎな話

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