宇賀神社(本宮)
うが

鎮座地 長野県上水内郡信濃町野尻琵琶島246
(上信越国立公園 野尻湖琵琶島)
 
御祭神 倉稲魂命
    市杵島姫命
    大己貴神
 合祀 天照大神、軻遇突智命
    建御名方富命、大山祇神
    誉田別命

 宇賀神社 一の鳥居
 一の鳥居の額は、明治11年7月に天皇北陸巡幸下見のため、野尻湖を訪れた勝海舟の揮毫によるもの。痛みが激しくなった為取り外され、現在では模書の額が掲げられている。
 天平二年(735)第四十五代聖武天皇の五月当時の沼尻村の産土神として創建されたが、寛永年中旧飯山城主松平遠江守再建口碑によると、天平年間、僧行基が当社に参拝し、社殿を造り弁財天女を刻んで安置したことから、弁財天のお社と誤解されたと云われている。
 初め弁財天または宇賀弁財天宇賀神と称し、後に宇賀神社となった。僧行基が刻んで安置したご神体は、今も現存しているという。
 平安、鎌倉、室町を経て、戦国時代に及んで武家の崇敬が厚い。越後の上杉謙信も当社を厚く崇敬し、重臣宇佐見定行も(野尻城主・琵琶島城)本社を崇敬した。境内には上杉謙信がたてた宇佐見定行の墓がある。
 慶長年(1596〜1615)には、中森右近太夫忠政が飯山城主となり、本社を崇敬して武運長久を祈った。以来、歴代飯山藩主の祈願所となった。
 鎮座地は、長野県の最北端で新潟県との県境に位置し、野尻湖の中の琵琶島である。
 島の形が琵琶に似ていることから、琵琶島と呼ばれる。別名、弁天島とも云う。
 また野尻湖は、芙蓉の葉に形が似ていることから芙蓉湖と呼ばれる。

 明治時代、この琵琶島に橋が架けられたという。村の有志により約三年かかり、立ヶ崎から琵琶島にかけられた木造の大橋は、明治十一年七月に完成した。明治二十二年に補修しないまま朽ちてしまい、同年十月に現在の旧国道十八号線沿いに里宮が建設された。
 二の鳥居をくぐると左手に金比羅宮の石祠が鎮座する。
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