宇佐神宮 うさじんぐう

大分県宇佐市大字南宇佐に鎮座まします、八幡宮総本社宇佐神宮。
MAPCODE 459 360 376

一之御殿 八幡大神 御名 誉田別尊ほんだわけのみこと応神天皇

二之御殿 比売大神ひめおおかみ  御名 三女神さんにょしん
     多岐津姫命たぎつひめのみこと 多岐理姫命たぎりひめのみこと
     市杵嶋姫命いちきしまひめのみこと

三之御殿 神功皇后じんぐうこうごう 御名 息長帯姫命おきながたらしひめのみこと
 全国の神社・約十一万社の中で、四万六百余社というのが八幡さまです。この宇佐の地に、欽明天皇の二十九年(569)いろいろな神異(ふしぎ)が ありました。
 菱形池のほとりの泉の涌くところに鍛冶をする老人や、八つの頭のある龍があらわれて、この姿を見た者は病気になったり、死んだりしました。この神の祟りをおさめようとして、大神比義(おおがのひぎ)という老人が来て、三年あまり断食をして神行すると、欽明天皇三十二年(571)の二月初卯の日この泉の辺の笹の上に、光り輝く三才の童子があらわれて「われは誉田の天皇広幡八幡麿(ほんだのすめらみことひろはたやはたまろ)なり」と告げられ、黄金の鷹になって駅館(やっかん)川の東岸の松の上に、とどまったといわれます。この鷹のとどまったところに、和銅元年(708)鷹居社が造立され、のち霊亀二年(716)小山田社に移られ、神亀二年(725)に現在の亀山に移されて、一之御殿八幡大神が鎮座されたのが、宇佐神宮の創立です。 
宇佐神宮 拝殿
 天平勝宝三年(749)、奈良の東大寺の大仏建立に全面的に協力して、大仏の鋳造を助けたという仏教擁護の社でもあります。早くから仏教と習合して「八幡大菩薩」との称号を賜っています。
 八幡の神さまの八幡とは、天降った八つの幡(はた)を祭ったといいます。のぼり、旗、また※幣帛、織物のことをいうので、武神とか工芸神の神徳もあらわれたのです。八幡さまは、奥宮(三女神の降臨したといわれる大元山)にも、摂社薦社(こもしゃ)の三隅の池、菱形池のほとりの霊水の涌く処にも、各地の馬蹄石(影向石)上にもあらわれたと伝えられます。したがって田や畑の神とも、龍神などとも申されているので、単に応神天皇の聖徳だけをたたえ祭った神社でないことは、はっきりといえるわけです。

※【幣帛】(へいはく)@神に奉献する物の総称。みてぐら。にきて。ぬさ。
      (中国で、進物・礼物にきぬを贈ることから)進物または礼物の称。
〜広辞苑より〜
西中門
写真は、西中門(さいちゅうもん)で、右側の松が勅使松。八幡造の本殿の側面にあたります。
宇佐神宮 外宮拝殿  右の写真は、宇佐神宮下宮。本宮とは全く違う雰囲気でした。上宮(本宮)の気は「活き活きとしている感じ」に対して、外宮のそれは、自然と融合しているような周りの空気にも溶けちゃってるような、そんな感じ。
「まったり」です。どちらかというと、下宮が好きですかね。ご祭神は上宮と同じにまします。昔から「下宮(伊勢神宮は外宮)詣らにゃ片詣り」といわれるそうです。お伊勢さまもそういいますね。
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