四村神社
よむら

ご祭神 速玉男神、高倉下命、大日霊貴神、
    昧耜高彦根命、金山彦命

鎮座地 和歌山県田辺市本宮町皆地鏡山
 元皆地小学校校庭の後背地に鏡山があり、校庭から約300mほど登った山頂付近に鏡神社があった。
明治四十二年(1909)に、旧四村各字の村社や無格社二十三社を合祀して四村神社と改称する。

 第二次大戦後合祀していた各字の神社は旧に復して遷座されたが、現在でも十一月二十三日に四村神社として例祭を行っている。
  

 鏡山に鎮座坐す四村神社は、鳥居から山頂付近の社殿まで、300段以上の石段が続く。
 社殿は一棟の覆屋の中に、鏡神社(中央)・八幡神社(左)・秋葉権現(右)の三神殿が鎮座している。文化財に古鏡類があり、明治三十六年に奉納された二つの木箱に納められているおびただしい数の古鏡類で、鏡のうち何面かは重なって溶結していたり、縁のみを残して融解してしまった断片も多く、火中の痕跡が歴然としている。時代別に見ると、室町時代のものが九割以上に達するが、平安後期や鎌倉時代に遡るものもあり、薄い鏡が融解しやすいことを考慮すれば、時代を遡るものの割合は多少増加するように思われる。
その一方、江戸時代以降のものが全く含まれないというのも明らかな特徴であり、当神社に対する信仰の歴史が反映されているように思われ、興味深い。
 またこれらの中には、如来形本地仏像を鋲止めした痕跡から、縣仏の鏡板と判明する素文鏡や、小孔を穿ち縣垂する加工を施した鏡も見受けられる。

 また秋葉権現にも、精良な造りの亀形鈕花菱亀甲文双鶴鏡二面(室町時代)が納められており、箱には明治三十六年(1903)奉納銘がある。
 その外、文政十二丑年(1829)の在銘手洗鉢や第二次大戦敗戦の翌年四月に、渡瀬・下湯川両区の神社を旧に復する遷宮の棟札も遺されている。
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